1982年以来QSOを楽しんでいます。長年のQSOからいろいろな体験をしました。そうした中で特に印象に残ったことを、おもしろ話を中心にご紹介します。



MY 1ST QSO

 開局するハムの多くが、開局する前に局免を待ちながらワッチをしていることだろう。
 そして、「記念すべき開局最初の相手は誰にしようか」と、それにふさわしい人を探すはずだ。

 ぼくが最初に購入したリグはナショナルのRJX-610という、50MHzCW/SSBの5Wリグで、内臓アンテナがついているものだった。
 
 1982年のこと。冬休みにの帰省時に東京で受講した電話級の講習会終了後、合格を確信したので秋葉原で買ってきた。
 1月に講習会を受けて従事者免許が届いたのが2月、無線局免許が届いたのが4月。つまり、冬休みに受講してオンエアできるのは春休みの後だというのだからのんびりした時代だ。
 この間に熱が冷めて全く無線をやらないで終わる人までいたほどだった。

 このころの50MHzは入門バンドで、1エリアでは毎日たくさんの人がオンエアしていて、ホイップアンテナでも常に数局聞こえるほどの盛況ぶりだった。
 しかし、冬休みが終わり7エリアに戻ると聞こえる局は皆無で、無線ショップでは50MHzのリグをおいていないという状態だった。
「7エリアではHFと2mバンドだけだ」
 無線ショップでそういわれて、もともと買うつもりだったTS-830Vに追加して2mFMのC88も購入した。


 忘れもしない、それは1982年4月26日の事だった。2mFMをワッチしていると、「CQ CQ CQ。こちらはJA7○×△ モービル」とワッチで何度も聞いたことのあるIさんの声が聞こえた。
 この頃はJAコールのOMさんは皆すごい人で、皆さん尊敬すべきハムなのだと思いこんでいたぼくは、早速彼をコールした。1stQSOには「アルファコールのOMさんがふさわしい」と思いこんでいたからだ。
 そして初QSOが成り立ったのだが、この人物(仮名Iさん)が自分の初めての交信相手であるということは、その後汚点に感じられることになるとは知りもせずに。つまり、このIさんはとんでもないオヤジだったのである。

 ある日、I氏のシャックにお招きを受けた。ぼくのDXの師匠であるR氏も、I氏をすばらしいDXerだと思っていたので、ぼくに同行することになった。
 I氏の家に着くとまずは3人でシャックにて無線談義をして過ごしいたのだが、少し気になったのはI氏が繰り広げる他のDXerたちへの悪口だった。
「あいつはこうだ」「こいつはこうだ」「あの野郎はとんでもない」
 その悪口はとどまるところを知らない。

 しばらくすると今度はI氏の見本運用が始まった。まずはSSB。ここで驚いたのがマイクだ。
 トリオのTS-820Sに取り付けたMC-50というマイクなのだが、このマイクはスタンド部分とマイク部分に分離できる仕組みとなっている。
 マイク部分だけにすればごく普通の歌手が握っているようなマイクになるものだ。
 I氏はこの本体部分のみをロック歌手のように構えて持ち、頭を左右に振りながら口を尖らせてDXをコールするのである。
 これはとても異様な光景だった。そしてぼくは思わず口走ってしまった。
「カラオケみたいですねぇ」
 ぼくのその言葉に笑いをこらえるR氏と、ぼくをにらみつけるI氏。ちょっとやばい雰囲気だった。

 しばらくすると今度はI氏がCWにモードを切り替えた。
「南米が出てますね。これを呼んでみましょう」
 I氏は機嫌を直してCWの運用を披露してくれた。
 しかし、I氏が必死にコールをするも、その局はM氏に持って行かれてしまった。
 そこでI氏は叫んだ。
「このMの野郎は、2アマのくせに500Wも出してるんです!」
 僕とR氏は互いに顔を見合わせた。なぜならばそう言っているI氏も2アマで、まさに今ぼくらの目の前で1kWのリニアをパカパカいわせているからだ。
「なんじゃ、このおっさん・・・・・・」
 ぼくもR氏もだんだんとそう思い始めていた。

 コールした結果はむなしく、I氏へのコールバックはなく、近所に住む有名DXerで二文字コールのY氏に南米局は持って行かれた。
 I氏がまた毒づく。
「Yの奴は二文字だからって威張っていて、全く気に入らないんです。こいつが出てくるとローカルだから、バンド中がびりびり言って、頭に来ます!」
 そりゃY氏にとっても同じだろうと思い、僕らはまた互いに顔を見合わせた。
 I氏はなんとか南米局を仕留めると、次のターゲットを求めてVFOを回した。
「ほら、またバリバリ言ってる。Yの奴がまた何かをコールしてるんですよ」
 Y氏の信号はすぐに見つけることができた。カリブの局を見つけてコールしていたのだ。しかしそこはパイルになっていた。
「ふん。ざまあ見ろ。とれなかったですね、Yの奴」
 数回コールしてもとれないY氏に、I氏は悪たれをついていた。

 ところが、その時カリブ局がY氏のサフィックスを打って「?」をつけた。それに反応してY氏は自局のコールサインをフルに打って、相手にRSTレポートを送った。
 当然次はカリブ局がY氏のコールをフルで打ち直し、RSTを送ってくるはず。
 ところがここでI氏は信じられないような行動に出たのだ。
「こんな奴、こうしてやるんです!!」
 I氏はそういうと、
「ツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツツ」
 とエレキーで短点を連打し始めた。
 しかも、ニカッと笑った顔のまま短点を打ち続け、その間中、両足を交互にピョンピョン上げて喜びを表しているのだ。
 まるで俳優が異常者を演じているような、そんな状況だった。
 
 I氏の妨害が終わると、いつの間にかカリブ局は他の局と交信を始めていた。
「へっ、これでYは交信不成立です。へへーんだ!」
 ぼくとR氏はI氏のあまりの奇行に驚いて、ひっくり返りそうだった。
 僕らはI氏からの食事の誘いを辞退して、帰路についた。

 I氏はその後も近所のOMとしてDXerとして元気に活躍していたが、僕が社会人になって7エリアを離れた10年ほど後に聞いた話では、「あまりに異常な行動をとるためローカルの鼻つまみ者になってしまい、無線をやめてしまった」とのことだった。
 
 今でもペティションの邪魔をしてビートをかける局を見つけると、そのたびに僕はあの異常な笑顔を思い出してしまうのである。

思い出のミスターG

 1983年頃の話だ。夕方になると、必ず2mFMでCQを出すモービルハムがいた。
 僕らは彼のコールサインの一部をとって、彼を「ミスターG」と呼んでいた。
 ニューカマーながら落ち着いた雰囲気のCQに惹かれて、僕はミスターGをコールしてみた。

 彼の話によると、彼の年齢はもうすぐ50を迎える頃という。
 職業は高校の先生で、毎日高校からの帰りにモービルよりCQを出しているというのだ。
「あのー、あのー」
 マイクが彼に回るとなかなか言葉が出てこずに、「あのー」がしばらく続く。
「あのー、あのー、私はあのー、実は口べたで。あのー、そのー、それを直すために、あのー、そのー、ハムを始めました」
 50を迎える年になってもまだよりよい先生になろうと努力するとは何とも前向きな先生だ。
 僕は感動して、年下ながら彼を応援した。
「大丈夫ですよ、先生。何しろアマチュア無線なんてのはベラベラしゃべってるわけですから、私なんかもこの通りのおしゃべりになっちゃいましてねぇ、あはは。先生も必ず口べたなんて直っちゃいますよ」
 とは言ったものの、僕は元来のおしゃべりで、アマチュア無線のせいでもないでもないのだから、アマチュア無線をやるとしゃべりがうまくなるんてんて理屈は口からでまかせだった。

 ある日、またミスターGのCQが聞こえてきた。音声の合間にキャリアに車のオルタネーターノイズが乗っていた。
 彼が指定した周波数に行ってみると、なんと僕の友人で現役変態高校生の通称ブラボーくんがミスターGをコールしたではないか。
 あの無口なミスターGとひょうきんかつ変態高校生のブラボーがどんな会話をするのか、僕はわくわくしてウォッチした。

 RSレポート、リグの紹介、アンテナの紹介まではすらすらと進んだ。問題はそこからだった。
「あのー、あのー、あのー」
  心配したとおりだった。僕とのQSOでは僕が話題を誘導したが、ブラボーはCQを出した相手のペースに従おうとしていた。
 口べたなミスターGは話題を探し ながら、「あのー」を壊れたレコードのように繰り返した。
 しかし、いっこうに話題が出てこない。
 マイクのスイッチは送信のままだ。
「ブーン~ガチャガチャ。カッチカッチカッチカッチ。キューッ。ブーン、ガチャガチャ。カッチカッチカッチカッチ」
 延々と流れる運転の音。特にウインカーのカッチカッチという音が何とも虚しい。
 そんな運転音を長時間聞かされて、さすがにのんきなブラボーも、「こりゃいったい何者だ」とあきれていたらしい。
 10分近くこの状態が続いた後、ミスターGはやっと声をだした。

「あの~。夕日が~夕日が~きれいです・・・・・・」

 この日から、ミスターGはブラボー君によって「ミスター詩人」というニックネームを付けられた。
 残念ながら彼の無口は直ることもなく、その後彼の免許状が更新されることもなかった。
 今はどうしているだろうか、と思い出すアマチュア無線家の一人である。

R氏のDX講座

 1983年、僕が大学3年生の時の話だ。
 21メガのCWでオーストラリアの局とのんびりQSOをしてファイナルを送ったとたんに、Sメーターがちぎれるくらいの強烈な電波が僕をコールした。
 それは、明らかに近所の局でだった。
 何度か彼のDX QSOをワッチしたことがあったので、コールサインだけは知っていた。

「SSB OK?」
 と彼が誘ってきた。
「SURE」
「R. QSY TO 21.160 on SSB」
「R」
 そんなやりとりがあって、僕はSSBで彼と交信を始めた。

「いや~実は僕はここに越してきてさほど経ってないので、DXをやる仲間が近所にいないんです。だから、近所のDX'erと知り合いになりたくて呼んだんですよ」
  と、そういうことだったのだが、僕はDX'erと言われるようなハムではなかった。
 まだニューカマーだったし、アルバイトをして買ったTORIOのTS- 830Vの10W CWで細々と、いわゆるDX'erが相手にしない雑魚エンティティとのんびりやっていただけだった。
 しかし、このR氏との出会いが僕のハムライフを 大きく変えた。

 DXペティションの呼び方、テクニック、マナー、QSLのGET方法、珍局の探し方などなど、彼のシャックに入り浸りで徹底的にたたき込まれた。
「ほら、この人はもうQSOが始まってるのにまだ呼んでいる。こういうことをやってはだめだよ!」
「スプリットなのにオンフレで呼んでる。よくワッチしないとこうなる!」
「指定無視だ。こりゃ、応答する方が悪いね。こういうのを取ると、みんな指定無視でくるぞ。イモオペだ!」
「余計な礼を述べてる。気持ちはわかるけど相手は多くの局とやることを第一優先にしているんだから最小限でそこをあけるべき!」
「スプリットが広がったらどの辺で出した局を拾ったか、拾う場所をどう動いているのか相手の癖を掴め!」
「ワッチこそが命だ。とにかく、他の奴よりも先に見つければGETできる」
 僕はそれらを完全にマスターできるほどの優秀な生徒ではなかったが、これが彼と25年を超える付き合いのスタートだとは思いもしなかった。
 当時、僕らは学生で7エリアにいた。僕が工学部で彼が歯学部。学年も学部も違うのだが、なぜか気が合って毎日一緒にいた。

 先日、彼と7エリアで久しぶりに会った。彼とは1983年に知り合ったのだから、もう大昔のことだ。しかしそれでも未だに付き合いがある。
 ぼくの宿泊しているホテルで待ち合わせ、彼が開業した歯科医院を見学して、それからふたりで飲みに出かけた。
 最近はメールのやりとりばかりだったので会うのは久しぶりだったけれど、アマチュア無線という共通の話題と、青春時代を一緒に過ごしたことで話題は尽きない。
 こういう友達、或いは先輩に出会うかどうかがアマチュア無線の面白さを満喫できるかどうか、人生を楽しくすることができるかどうかを大きく左右するように、つくづく思う。
 現在、免許は切らしてはいないまでも、無線から少々離れているR氏をぼくは「またDXやろうよ!」とけしかけている。ちょうど、出会ったころに彼がぼくにそうしたように。

P.S.その後彼はハムに復帰した。7エリアでまた再会し、二人でタワー建設予定地を視察し、中華料理店で深夜まで無線談義に明け暮れた。互いに髪は白くなったものの、会話の中身は青年の頃と変わらないのだった。
そして今や彼はDXCCオナーロールになっている。

ブラボー君のご乱行

 1982年頃の話だ。夕食も終わり夜のとばりは完全に街を闇に包み、多くの人が眠りにつこうとしたころ、2mFMの呼び出し周波数で高らかに声が鳴り響く。
「オマンコ!」
 ほとんど毎日のように、この一言がとどろく。

 この声の主は僕と仲良しハムで現役変態高校生のブラボー君。ブラボー君は高校2年生。
 もちろん童貞だけど、成長と共に自然の摂理で性欲だけは異常にふくらんでいる。
 彼の場合、性欲を抑えられなくなると呼び出し周波数でその言葉を叫ぶという、なんとも妙な欲求不満解消法を採っていた。
「オマンコ!!」
 静かだった呼び出し周波数にその声がとどろくと、「またやってるよ」と、知ってる人は苦笑していた。

 ある時などは僕と他愛のない話題で交信中に、ブラボー君はこんな事を言い出した。
「あのー、そろそろもよおしてきましたので、すっきりしてきます」
 そういうと彼は無言になり、僕もこっそり呼び出し周波数に移る。すると、声高らかに彼の声が響くのだ。
「オマンコ~!!」
 オーバーパワーを憎み、QSOマナーにうるさいマジメ高校生のブラボー君も、この雄叫びだけはやめられないようであった。

 就職して7エリアから1エリアに帰ってきたら、430MHzのFM呼び出し周波数に「シコシコマン」という人物が毎晩のように出ていた。
 シコシコマンは呼び出しチャンネルでただただ「シコシコシコシコ」と言い続けるだけの奇妙な奴だった。
 しかし、ぼくはシコシコマンが登場するたびに、ブラボー君を思い出していた。

 ブラボーも今は50代。まさかもう、メインチャンネルで叫んではいないだろう。

P.S.
 最近ブラボー君からたまにメールが来る。これ読んで自分のことだとわかっているのかどうか疑問(笑)。

Mさんの悲劇

 1983年の話だ。
 ローカルのMさんはバイクの事故で右足を骨折し、入院した。
 この入院した病院というのがA病院で、院長のA先生はJAコールのOMさん。
 しかも地元最大の無線クラブの会長も務めているアクティブな人だ。
 当時、無線の免許をもらうには医師の診断書が必要だったのだが、僕の診断書を書いてくれたのもこのA先生だった。

 夜中にエロ高校生のブラボー君と交信していると、そこにMさんが声をかけてきた。
「あれ、Mさん入院してるんじゃなかったの?」
 そうブラボー君が言うと、
「入院してるよ。今病院のベッドからハンディー機でやってるんだ」
 病室が高いところだったのでハンディでも十分に届いた。
「ナースに聞いたんだけど、ここの院長もハムらしいぞ」
 内臓が悪いわけじゃないからMさんは元気。こんな調子で毎晩ラグチューに参加していた。

 ある土曜日の昼間、呼び出し周波数でMさんのCQが聞こえてきた。
「ただいま~A病院病室よりオンエア~」
 僕はサブチャンネルまで追いかけてワッチしていた。すると、あるOMが彼をコールした。
 レポート交換、アンテナの紹介、リグの紹介などが終わり、Mさんは自分の入院生活について語り出した。
「全 く朝から晩まで訳のわからない検査をされたり、薬を飲まされるんですよ。実はここの院長もハムなんです。病室を一つつぶしてシャックを作ったというふざけ たオヤジで、さっきシャックに忍び込んでみたらコリンズだのドレークだののラインがずらりですよ。すごいコレクション。どうせ、俺たちに不必要な検査でも して儲けた金で買ってるんでしょうね。どんな面か見てみたいもんです」
 そんなMさんの悪たれを笑いながら聞いていたOMさんは、「そろそろ仕事なので」と、Mさんにファイナルを送った。
 Mさんも「今から仕事とは大変ですねぇ」と労をねぎらってQSOを終了した。

 それから数十分後、病院の回診で医師と看護婦が病室にやってきた。
 その医者はMさんの担当医ではなく、見かけない年配の医者だった。
 バッジを見ると「院長」と書いてある。
 そして院長がMさんに声をかけた。
「お加減はどうですか、Mさん。そうそう、これはさっきのQSOのQSL。面が見たいとおっしゃっていたのでアイボールがてらにきました。どうぞお大事に」
 QSLを渡されたMさんは呆然と院長を見送ったそうだ。

「なんかよー、あの日から検査が増えたし、薬の量も増えたんだよ。俺、怖くてこの薬飲めないよ。捨てても良いかなぁ?」
 そんな悲痛な叫びを電波に乗せるMさん。
 僕とブラボー君は、「これもワッチしてるかもよ」と脅かしながら、腹を抱えて笑っていたのであった。

DXerが有線電話で怒鳴り込み

 1983年頃だったと思う。僕はその夜、あるDXペディションをワッチしていた。
 21メガのアンテナで聞いている28メガのペディション。
 それでもかなりの信号で聞こえるのだから、コンディションは良いようだ。
「28のアンテナがあればなぁ」
 そう思いながら、行き交うCWを聞いていた。
 スプリットQSOで、相手の指定はUP5。
 5k上を聞いてみると団子状にゴワゴワゴワと音がする。この中からCWとして信号を拾うのは大変だろうと思った。

  いたずら心が働いた。僕は買ったばかりの外部VFOで15kHz上に送信周波数を設定し、その局をコールしてみた。
 相手が聞いているはずもない周波数であり、SWR もめちゃくちゃだけれど所詮10W機だから短時間ならファイナルがすっ飛ぶこともないだろう。
 そう思って、パイル参加の雰囲気だけ味わいたくて、一度だけ コールしてみた。
「DE JO1QNO」
 すると間髪入れずに、
「JO1QNO 599」
 とコールバック。びっくりした。慌てて僕もレポートを送った。
「R 599 TU」
 しばらく呆然として、それからCQ誌をひっくり返し、QSLマネージャーを捜した。

 そんなことをしていると、アパートの電話が鳴った。
「もしもし?」
「無線やってるひと、いますか?」
「あのーぼくですが」
「お宅、JO1QNO?」
「はいそうです」
「わたしね、JA4○×△だけどね、あんた、何ワットだしてるの?」
「は?」
「今のペティション、何回呼んでとったの?」
「一回です」
「一回・・・・・・。俺ね、2時間コールしてるんだよ、500Wで。あんた、コールブック見ると10W局じゃない。何ワット出してるの?」
 とても高圧的だった。
「たぶん今のは、5Wくらいかな。調整してなかったしアンテナが違うんで」
 そう僕が正直に答えると、相手は一瞬黙ってから続けた。
「5? なにそれ。どゆこと?」
「あのーつまり、リグはTS-830Vで、21の調整のまま21のアンテナでバンドだけを28にして呼んだので、そんなもんです」
「本当に?」
「はい。たぶん、15kも上で呼んだのでたまたまとってくれたんだと思います」
「15k? ほんと? そうなの? 15kだね!、15ね! ガチャ」
 電話は切れた。

 その後、あのJA4のOMがQSOできたかどうかはまったくわからない。
 しかし、いきなりあんな電話をもらったのは後にも先にもこれきりだった。
「10W」だとか「100W」だとか言われたら「うそつけ!」と食いついて来たのかも知れないけれど、「5W」というのは彼にとって想定していない返事だったのだろう。
 それにしても、「DXerっておっかねえなぁ」と思える事件だった。

初級茨城弁講座

 大学を卒業し、実家の千葉県我孫子市に戻った1985年頃の話だ。
 その頃、となりの茨城の局ともよくラグチューをしていた。
 特に50メガのFMでは毎晩のように同じメンツが揃い、ワイワイガヤガヤと楽しんでいた。
 平野だから、その電波は東京や神奈川にも飛んでいて、そちら方面からの参加もあった。

 そんな中である高校生のYLとYMが面白いことを始めた。
 それは「初級茨城弁講座」。
 茨城に住む高校生YLが茨城弁を解説し、そのアシスタントがYMという具合だ。
 これを50メガFMのある周波数で毎週一回、決まった時間にやっていた。
 まず、YLが旺文社のラジオ講座のテーマ曲を流し、
「初級、茨城弁講座」
 と宣言をして始める。

YL:「はい、それでは本日の例文です。『おらほのねごめは、車んながで、ヌクトポッチすんのが、すきだがんなぁー』」
YM:「ホー、これはどういう意味なのでしょう」
YL:「はい。まず『おらほの』は、『私の』あるいは『うちの』という意味です。そして、『ねごめは』は『ねこちゃんは』です」
YM:「なるほど。それでは、『ヌクトポッチ』というのは、なんでしょう?」
YL:「『ひなたぼっこ』のことです。『すきだがんなぁー』はだいたいわかりますね?」
YM:「では続けるとどういう意味になるのでしょうか?」
YL:「はい。これは、『うちの猫ちゃんは、車の中でひなたぼっこをするのがすきなのよ』という意味です」

 こんなの、友人一同しか聞いていないと誰もが思っていたし、毎週やっているとそのうちくたびれてくるし、あまり反応もないので飽きてきた。
 そこでそろそろやめようという話になり、ある日番組終了のアナウンスをした。

YL:「ご好評いただきました初級茨城弁講座は本日をもって終了させていただきます。ご意見ご感想などがありましたら、郵便番号○○○、茨城県○○郡○○町大字○○、○×○子あてにお願いします」

 これで手紙が来るとは誰も思っていない。ところが数日後、
「ちょっと、大変なのよ!」
 と高校生YLが50メガで叫んだ。なんと、数十通に及ぶファンレターが届き、どの手紙にも「初級茨城弁講座、続けてください」と書いてあった。
 CQを出したら誰も呼んでこなくても10局以上はワッチしていると言うが、まさかこれほどのリスナーがいるとは考えもしなかった。
 結局、彼女たちがその後初級茨城弁講座を続けることはなかったのだが、その後もたくさんの人が僕らの馬鹿話を聞いていたに違いない。

お尻に焼き印

 1986年頃、当時僕は一人暮らしだった。一人で古い一軒家に住み、無線はHFからUHFまでQRVしていた。
 夜中のラグチューはもっぱらお酒を飲みながら楽しんでいた。宵の口になるとほとんど酔っ払い状態で、たまにはろれつが回らなくなることもあった。
 ある真冬の寒い夜、僕はいつものように日本酒の熱燗を飲みながらローカルラグチューに花を咲かせていた。

「○○のペディション、とれた?」
「だめだめ。100Wじゃ無理ね」
「14ならちょろいよ」
「だめだめ。俺、14はダイポールだし」
 DXの話に花が咲いていたのだが、どういう訳か途中で話題が変わった。その話題は、「オナラは燃えるか?」というくだらないものだった。
「絶対燃えるよ。俺、見たもん」
「やったのかよ?」
「やってないけど、俺、見たもんテレビで」
「いるんだよな~、テレビとかすぐに信じる奴」
「まじだって。ちゃんとパンツ脱いでオナラを火にかけたら、ぼっと燃えるんだ」
 言い合いをするほどの話題じゃないのだが、やたらに熱かった。
 その争いを聞いていた僕は、彼らに宣言した。
「よし、俺がジャッジするよ」
「どうやって?」
「今俺がここで、実験する!」

 ちょうどオナラをもようしてきたところだった。しかも、僕のシャックでは暖房のために対流式のストーブが部屋で熱くなっていた。
 対流式のストーブとは、上にやかんを乗せてお湯を沸すことができる、あれだ。
「ちょっとまっててね。実験したら報告する」
 僕はそう言って無線から離れた。

 僕は途中でオナラが漏れてしまわないようにお尻の筋肉の締まり具合を調整しながら、小幅のカニ歩きでストーブに近づいた。
 オナラの標的はストーブのドーム型の真っ赤に燃えている網だった。
 そこに炎が少し立っているので、それがターゲットだ。
 僕はパンツをおろし、お尻を突き出した。
 リスクマネージメントがなっていなかった。
 酔っぱらいは安定感に乏しく、平衡感覚に障害を帯びているということを僕はこのとき認識していなかった。
 僕はなぜかよろめくと、そのままストーブの上に座ってしまったのだ。
 しかし、焦らなかった。なぜならば、熱くないからだ。
「熱くないじゃん」
 これだから酔っぱらいはこわい。
 状況の把握が瞬時にできないのだ。
 しかし、体を切り裂くような痛みはその直後に襲ってきた。
「うぉーーっ!!」

 カチカチ山になった僕は、シャックの家の中を走り回り、叫んだ。そしてシャックがある2Fから階段を駆け下りると、庭に飛び出した。
 無意識のうちに僕はあるものを求めて庭に飛び出したのだ。
 それはアロエだ。
 僕は庭に栽培してあった鉢植えのアロエを剥いては、焼けただれたお尻にすり込んだ。
「うぉーーっ!」
 住宅街の一角の庭で、下半身を露出させて叫びながらお尻にアロエをすり込んでいる男を想像して欲しい。
 それを、向かいに住んでいる女子高生が窓からじっと見ていた。
 それまで会うたびに挨拶していたこの子は、それから嫁に出ていくまで僕とは一切口をきかなくなった。

  お尻の状態はというと、椅子に座れる状態ではなかった。
 会社に行っても痛くて着席できない。
 お尻の端っこを椅子に引っかけておく程度にしか座れない。
 もちろん真実を語るわけにも行かず、自然と「倉持はかなりひどい痔になった」ということで、周りの上司や同僚は哀れんでくれ、中には勝手に「痔仲間」を名乗って痔談義に燃える上司までいたのだが、全く嬉しくない。

 僕が座ったストーブには僕が座ってしまったその場所に「コロナ」というロゴが入っていた。したがって僕のお尻には数年間、コロナをひっくり返した文字が焼き印されていたのである。

「というわけで、俺のオケツには焼き印があるんだよ」
「うっそー!まじぃ?」
 不思議と合コンではこの話題が女の子にうけた。調子に乗った僕は、
「ねね、見たい? 見たい? んじゃ、今度ゆっくり焼き印を見られる場所に二人で行く?」
 という手口で合コン相手を口説きにかかっていた。
 それが成功したかどうかは、何かの機会にアイボールできた方だけにこっそり教えてあげましょう。

レポート交換の罠

 1984年、大学4年の夏休み。僕は大学の仲間と一緒に移動運用をしに山の上に出かけた。50MHzのリグ1台と50Wのリニアアンプ。電源は車のバッテリー。アンテナは4エレ八木。

「CQ CQ CQ こちらはJO1QNO/1」
 CQを出すとたくさんの局が呼んでくれる。運用場所がたいして珍しいところでもないので、「移動運用しているんだから呼んでやるか」という移動局へのサービス精神で呼んでいる人がほとんど。珍エンティティのDXとは逆の立場だ。ありがたや、ありがたや。

 しかし思いかげずもかなり遠方からもコールがあって、わくわくする場面もあった。そうなると、弱い局を拾っていこうという考えに走り、強い局は後回しになる。
 そんなとき、蚊の鳴くような弱い信号でのコールがあった。
「こりゃ弱い。7エリアかな?」
 アンテナを北に向けてあったのでそう思う。
 ところが、数分間かけて何度もコールを繰り返してもらった結果1エリアでしかもたいして遠くないと判明。
「こちらから31です」
 移動運用じゃ珍しいレポートを送った。そしてあちらからのレポートが来る。
「とれません、もう一度お願いします」
 とにかく弱い。とれない。
「え、なんですか? もういちど!」
 数回要求して、
「了解しました。ありがとうございました。QRZ?」
 と次のQSOに移った。

 すると今度はえらい強烈な局が呼んできた。Sメーターが張り付きそう。
「はい。JL1○×△どうぞ」
 と自分で言ってみてから、「あれ?」と思った。さっきまで蚊の鳴くような信号だったその局と同一コールサインなのだ。
 バンドもモードも同じなのにまたすぐに呼んでくるとはどういうことか。
 すると、JL1氏はこういった。
「さっき、わたしのレポートとれました?」
「はい、とれましたよ。だから了解と申し上げました」
「ふーん。じゃ、なんて言ったか、言ってみてよ!」
「なんでですか?」
「別にいいからさ。こちらが送ったレポート、教えてくださいよ」
「ええと、どういうことなんですか?」
「わたしが送ったレポートを、復唱してみてくれと言ってるんです」
「なんのためですか?」
「なんだって良いだろ」
 いったい何なんだ。僕はよくわからないまま、彼に返答をした。
「34とコピーしましたが、違いますか?」
 すると、しばらく沈黙があり、JL1氏のトーンが変わった。
「あ。とってたんですね。そうですか・・・・・・」

 僕には何が何だかさっぱり訳がわからなかったのだが、ここで思いかげず解説者が登場したのだった。
「ちょっといいですか、こちらはJA1○×」
 と、2文字OMから声がかかった。
「はい、なんでしょうか?」
 すると、OM氏がこういった。
「お 聞きの皆さん。こちらはJA1○×。今起きていることをちょっとわたしに解説させていただきたい。つまり、今のはJL1○×△がJO1QNOに罠を仕掛け たんです。まず、QNO局がレポートをとれないような弱い信号でわざと呼んだわけですね。移動局は他の局を待たせているから先に進みたい。そこでレポート をとったことにして適当に済ませてしまうことがある。JL1○×△はそれをわざとQNO局に仕掛けて、ここをワッチしている皆さんの前でつるし上げて、恥をかかせようとしたわけです。ところがQNO局がしっかりレポートをとっていたので、ぐうの音も出なくなった、というわけです。そうですよね、JL1○× △? 君は以前もそれをやってたね。常習だよね?」
 しかし、JL1氏の信号がそれに答えることはなかった。

 考えてみれば、こちらの言うことは簡単に了解していたくせに、了解度が3というのは変だった。34という普通は無いような組み合わせのレポートを送ったのも作戦なのだろう。
 
 僕は移動運用終了後に自宅に戻ると、他の人に送るのとは違うQSLカードを自作した。カードの80%を「34」というレポートが占める巨大レポート表示のQSL。
 20年以上経った今、果たしてJL1氏はあのQSLカードを持っているのだろうか。

夜中のセレナーデ

「夜中のセレナーデ」
 当時大学生だった僕とスケベ高校生のブラボーは、毎夜2メーターバンドでささやかれる恋人同士の会話を、こう呼んでいた。
 カップルの一人は大学院生のNさん。彼はまじめな学生で工学系の大学院で、まもなくマスターコースの修了を控えていた。
 お相手のYLであるU子ちゃんはOLさんでまだ19歳。Nさんとは無線で知り合った。そして数ヶ月のQSOの末、二人は恋の花を咲かせたのである。

 なんで僕がそんなにこの二人を知っているかというと、Nさんが時折U子ちゃんを我が家に連れてきて、アイボールQSO(実際に会っておしゃべりすること)を楽 しむからだ。
 僕とNさんも無線で知り合ったのだが、それは彼とU子ちゃんが知り合う前のことなので、二人の親密度が増していく様は最初から見物しているこ とになる。

 二人が我が家へ来るのは僕と話をしに来ているはずなのだが、その割には二人でいちゃいちゃしていることがほとんどなので、見せびらかしに来ているとしか思えなかった。
  僕とブラボーが「夜中のセレナーデ」のファンであることは、もちろん二人は知らない。
 僕らは毎晩それをラジオ代わりにして、それぞれ何かをやっている。
 ブラボーは聞きながら勉強しているのだと言うけれど、エロ高校生の彼があのセレナーデをワッチしていて勉強に手などつくはずはなかった。

「セレナーデ」の中身は時に過激な方へ進むこともあった。
 純情にしか見えないU子ちゃんが吐息を漏らして「抱かれたい」と囁いたときなど、僕はビールを吹き出したし、ブラボーは椅子から転げ落ちたそうだが、きっと鼻血も出したはずだ。
 そんな二人の甘い会話なのだが、不思議と邪魔をするものはいなかった。
  普通、2メーターバンドでYLと仲良く話していると、妨害をしてくるとんでもない奴がいるものだった。
 そのころ、僕をよくコールしてくる女子高生のC子 ちゃんという子がいたのだが、僕とC子ちゃんがQSO(交信)をしていると突然ガラの悪いおっさんが割り込んでくることが多かった。
「ブレークぅ~」とがなり、「何かご用ですか?」と訪ねると、僕には一切の挨拶もなく勝手にC子ちゃんに向かってしゃべり出す。
 僕のことは完全に無視でQSOを乗っ取ってしま う。
 C子ちゃんも心得ているので、
「いま、JO1QNOとQSO中ですのでブレークするような急用がないのでしたら、別の機会にQSOお願いします」
 と突き放す。すると黙り込んだおっさんは、その後長時間にわたって妨害電波を流す。
 こういうことが良くあった。
 ところが、毎晩聞いている「夜中のセレナーデ」では妨害する局が全くいなかったのである。
「深夜ですからねぇ。さすがにあの時間にワッチしてる局は少ないんじゃないですか?」
 これがブラボーの見解だった。

 ある日、「夜中のセレナーデ」を聞いていると、珍しくモービル局(自動車で移動中の無線局)がブレーク(会話に割り込むこと。本来は急用に限られる)をかけた。
「はい、ブレークの方どうぞ」
 と、U子ちゃんが言うと、モービル局の主が切り出した。
「どうもすみません、QSOをお楽しみのところ。しかし、こんな時間で他に信号が聞こえなかったものですから、こちらに声をかけさせていただきました。実はホテルを探しているので、地元の方に教えていただけないかと思いまして」
 コールサインも他エリアのものだったので、旅行者のようだった。
「どこのホテルですか?」
 そうNさんが尋ねると、ブレーク氏は言った。
「決まってないんですが、この辺にラブホテルはないかなと思いまして。今彼女と二人で旅行しているので、ラブホテルで良いんです、安いし」
 これに対して純情カップル二人は情報を持っていないようだった。
「そうですかぁー、ご存じないですか。いやーどうもおじゃましました」
 と、ブレーク氏が言うと、
「ブレーク!」
 とまたブレークが。
「ラブホだったら○○のところに××というのがありますよ。値段も良心的です」
「ブレーク」
 またブレークだ。
「いや~あそこはだめでしょ。俺のお薦めは○×ホテルだなぁ。だいたい××はコンドームが別料金だし」
「ブレーク! イヤー俺としては△ホテルをすすめちゃうね。この時間に入れば割引だよ」
 こんな調子でブレークが相次ぎ、5人くらいが一気に会話に参入してきた。ゴキブリは1匹見つければ数十匹いるというが、無線傍受もしかりだ。僕とブラボーくらいしか聞いていないと思っていた「夜中のセレナーデ」は、実は密かな人気番組だったらしい。

 誰も妨害しなかったのは、その会話の進展を期待するマナーの良い?リスナーが揃っていたためだろう。
 15分ほどでブレークした全員が消えたが、その後の二人の会話は、はじめて傍受されていることを意識したかちこちの会話になり、「夜中のセレナーデ」の放送は途絶えた。

 数年後、二人はめでたく結婚したと、報告を受けた。
 あのあと、どういう手段をとっていたのかは不明だけれど、きっと「夜中のセレナーデ」は続いていたはずだ。
 物好きなブラボーはHFからUHFまでくまなくその会話の引っ越し先を調査していたがついに見つからなかった。
 結婚の話を聞かされて、番組の一番良いところを聞き逃して最終回の結論だけ聞かされたような、そんな心持ちに僕はなったのであった。

DXスケジュール

 いままでにスケジュールQSOを数局と組んだことがある。
 最初にスケジュールしたのはカルフォルニアの局だった。

 その頃は DXCCを追いかけるために毎晩遅くまでQSOしていたのだが、集めたQSLカードを見せながら「世界中と交信が出来るんだ」と友達に自慢したところ、 「じゃ、世界中に友達がいるんだね」と言われてぎょっとした。
 レポート交換をするだけだから誰一人として外国に友達などいなかったからだ。
 それがきっかけとなって考えを変えた。
 珍局を探すのではなく、海外局とラグチューすることに方針を変えたのだ。

 英語は得意ではない。
 でも、僕にとっては日本語ぺらぺらの外人はつまらなくて、日本語を少し話せるくらいの外人が一番面白かったから、英語をちょっとだけ話せる日本人は英語圏の人にとって面白いはずだと、勝手に解釈して堂々とやることにした。
 これをやるにあたって、一つ教訓があった。
  日本語のラバースタンプをやれるロシア人についつい日本語でベラベラしゃべってしまったことが数回あったのだが、相手は全く理解していなかった。
 つまり、 相手がペラペラしゃべると無意識のうちに相手の語学レベルを高く計り間違えて、自動的にそのレベルで対応してしまうことがわかったのだ。
 つまり、こちらも分かり切ったフレーズだからといって流ちょうにしゃべってはいけない。
 そんなことをすると英語ペラペラだと勘違いされてしまう。
 相手が一度そうと思いこむと、それを訂正させるのは大変だ。
 僕は決まり切った名前やQTHの紹介さえも、ゆっくりたどたどしく話すことにした。
「まーい。きゅー、てぃー、えいっち、いーず、ABIKOしちー。あばうとー、さーてぃーきろめーたーず、イースト、フローム、とうきょーう」
 とにかくゆっくり話す。
 すると相手もこのペースで話してくるし、簡単な単語しか使わなくなる。
 たまにわからないことがあると、スペルアウトを頼む。
 相手は嫌がるどころか面白がってくれることが多かった。
 だから、僕が辞書を引いている間にいなくなることなど皆無だった。

 1984年、大学4年のときにこの調子で2週連続で話したカルフォルニアの工学生が、スケジュールを申し込んできた。
 これが初めてのスケジュールQSOだった。
「バイクはホンダなんだけど、家の前でクラッシュしてしまった。転倒したんだ。クラは何に乗っているんだ?」
「僕はスズキだよ。でも、BMWがほしいな」
「どうしてだ。日本のバイクの方が性能が良いじゃないか」
「ボクサーエンジンに興味があるんだ」
「そうか。ところでクラはアルバイトをしているのか?」
「実は来月からハンバーガーショップで働くのだ」
「なんだって? 日本人がハンバーガーを食べるのか?」
「当たり前だ。マクドナルドがたくさんあるぞ」
「信じられない! しかし、なぜ大学生がマクドナルドでバイトをするんだ。大学生ならもっと高度なバイトをすべきだ」
「かわいい女の子がたくさんいるからだ。僕はハンバーガーよりもそっちを食べたいんだ」
「あきれた野郎だ」
 こんな会話をしていたのだが、このスケジュールは彼の大学卒業とともに終了した。

 最近彼のコールサインをQRZ.COMで検索したら、まだ無線をやっていることがわかった。メールでも出してみようかと思ったけれどやめておいた。
「久しぶりだなクラ。ところでクラ、あのときマクドナルドでは、キューティなガールをゲットできたのか?」
 なんて聞かれて、
「残念ながらマクドナルドでバイトをする若い女性たちは、僕の魅力を理解することが出来なかったようだ、はっはっは」
 なんて回りくどく答える英語が思いつかないし、
「全く相手にされなかった」
 と簡潔に答えるのもしゃくだからだ。

KL7でオーロラを

 1989年のことだ。
「オーロラを見に来ないか」
 そう誘ってくれたのは、アラスカ州フェアバンクスに住むKL7YR局だった。
 何度かQSOしたことがあったこの局から数ヶ月前に、「スケジュールを組まないか」と提案されて、それからの付き合いとなっていた。
 あちらは1kW、こちらは100Wというパワーの違いがあり、コンディションによっては安定して話の出来ないことがあったが、70%くらいの確立でQSOは成立していた。

 特に夏休みの予定もなかったし、オーロラなんて一生に一度見られるかどうかわからない。
 それに彼はかの有名なアラスカ大学の教授で気象学の権威なのだ。
 そんな人の解説でオーロラを見るチャンスというのも滅多にはないはず。
 このチャンスを逃す手はないと思った。
 新田次郎の「アラスカ物語」に実名で出てくる日本人教授といえば、ご存じの方がいるかも知れない。
 また、ヨットの堀江氏に気象情報を逐一流して世界一周をサポートしたことでも知られている。

 夏休みはアラスカに行くことにしたと、当時付き合っていた彼女に言ったら、友達とハワイに行くはずだった彼女はそれをキャンセルし、勝手にアラスカに同行することにしてしまった。
 一人で気ままな旅をしたかった僕としては予想外の展開になってしまった。

 飛行機をアンカレッジで乗り継いで、ゴールドラッシュで栄えたフェアバンクスへ向かった。
 フェアバンクスはアラスカ第二の都市だけれど、今となってはほとんどアラスカ大学で成り立っているような町だ。
 教授の家は町の中心からさほど遠くない住宅地で、かなり広々としていた。
 僕らは3日間そこでお世話になっていたのだけれど、その間にその年最大規模といわれるオーロラに遭遇することが出来た。
 夜中に教授が起こしに来てくれて、「そろそろ出るはずだ」と教授の科学的予想から、教授と教授の奥さん、そして僕ら二人は教授の車に乗ってオーロラを観測するのに良い場所へ移動した。
 オーロラはすばらしい。
 神秘的で美しい。
 これは想像していたとおりのこと。
 でも、そのスケールの大きさは想像の範囲を超えていた。
 そしてもう一つ想像すらしていなかったことがわかった。
 それは、「オーロラの見物は首が痛い」ということだ。
 もしも見物に行きたい人がいたら、寝転がれるような準備をおすすめする。

 教授たちと別れてから僕らはアラスカ鉄道に乗ったりレンタカーを借りたりしながら、その日その日で行き先を決める気ままな旅を続け、2週間弱のアラスカ旅行を終えて帰国した。
 その後、学会のために日本を訪れた教授は2,3度我が家へ宿泊してくださり、近所のハムを集めて飲み会を開催したりもした。

 教授に何度か「アラスカに引っ越さないか」と誘われたことがある。
「でも、氷点下30度なんて寒くて無理です」
 そう答えると教授はこう言った。
「寒くなんてないよ。アラスカは石油も安いから家は車庫までセントラルヒーティングで暖かい。車に乗ってマーケットに行けば、駐車場からマーケットの建物まで 30秒しか歩かない。人間はマイナス30度でも30秒じゃ寒いと思わない。そして、暖かい建物に入る。全く寒いなんて思わないよ」
 アラスカで仕事の当てでもあれば、冒険心を燃やして移住したかも知れない。なによりも教授一家が近所に住んでいるのだから安心だ。
「家も土地も安いよ」
 と、教授が追い打ちをかける。
 しかし、働くあてがなかったのでこの話には乗らなかった。
 数年後、教授は突然オハイオ州に引っ越してしまった。僕がその理由を尋ねると、教授は悪びれずにこう言った。
「だって倉持さん、アラスカは寒いじゃないの」
 話に乗らなくて良かった・・・・・・。

 ところで、アラスカ旅行の費用は彼女の分も僕が立て替えていた。帰国後すぐに返すという話だったが、結局返してもらえなかった。

 話は変わるが、僕は先月、IC-756PRO3とIC-PW1を購入するために女房に50万円の借金をした。自分の貯金だけでは足りなかったのだ。
 女房は結婚する前にため込んだお金からの放出なので家計とは独立した自分のお金だと強く主張し、毎月の返済については規制前のサラ金のように厳しく追及してくる。
 あまりに取り立てが厳しいので緊急の出費なども重なり、借りたお金が目減りしてIC-PW1は買えなくなってしまった。
 そのくせ、仕事 帰りに「これ買ってきて」と気軽にメールで頼まれる買い物の立替金はなかなか戻ってこない。
 百円単位だとぐずぐず言いながらもすぐに返すが、千円を超える と「今細かいのがない」とか何とか言い出す。
 そんな調子だから、大きな立て替えの話になると、まるでそんな事実はなかったかのように記憶喪失になる。
 そう、あのとき僕が立て替えたアラスカの旅行費を踏み倒した彼女というのは、いま家でふんずり返っているこの女房なのである。

新婚旅行はハムの家

 1989年の12月話だが、僕も新婚旅行というものに出かけたことがある。行き先はVK。
 僕が海外旅行へ出かけたのは過去にたったの3回で、最初はVE(カナダ)、そしてKL7(アラスカ)、それからこの旅行だ。
 VEは両親の荷物持ちとして付き合ったのだが、このときはVEのハムと何の関わりも持たなかった。
 僕はその日その日を好きなように過ごす気ままな旅が好きなので、KL7ではすでに書いたとおり、地元日本人ハムのお宅にお世話になったりレンタカーであちこち出かけて歩いた。
 VEでは途中から両親と別れてユースホステルなどに泊まっていた。

 僕は女性が新婚旅行という言葉に描く旅行の形態を知らなかった。
 僕の旅行方法が最高だと自分で信じていたので、その旅行に女房を同行させればそれが最高の旅の企画だと信じて疑わなかった。
 僕は国内においてもとにかくその日その日で行動しているし、一人旅用の宿で初めてあった人たちと雑魚寝をしたり、テントで寝るのが好きだった。
 至れり尽くせりのホテルほどつまらないものはないと思っていた。
 しかし女性は違うらしい。
  VKへの新婚旅行はすべて僕が段取りをした。段取りといえばかっこいいが、決めたのは行きと帰りの飛行機、そして初日のホテルだけだった。
 女房が夢に描い ていた新婚旅行のまともなホテルは、初日のこのホテルだけだった。
 もっとも、あまりまともとは言えないかも知れないのだけれど・・・・・・。

 シドニーに着いた初日のホテルは、周りがタトゥーショップだらけで、まともな人がほとんど歩いていない地域にあった。
 なにしろホテルの入り口には鉄格子があるのだ。
 自由にエントランスを出入りできない、ちょっとした刑務所形式のホテルだった。
 入り口でインターフォンを押すとカメラで確認し、初めてホテルに入れてくれる。
 それほど危ない地域だったらしいが、僕らはあまり気にせずにその辺をウロウロしていた。
 中身はちゃんとしたホテルだったが、こういう意味では、まともなホテルではなかったかも知れない。

 数日シドニーの近所をレンタカーで移動して観光した。
 夜になって地元のバーに入って飲んでいたら、バーの2階が一応ホテルだというので、そこに泊めてもらうことにした。
 カウンターで地元のおっさんたちがテレビの格闘技を見ながらああだこうだと騒いでいる、よく映画に出てくるような場末のバーだ。
 かなり危なそうだったけど、地元の雰囲気をじっくり味わえて、楽しかった。

  翌日、何となくZL(ニュージーランド)のハムに電話してみた。
 名前はマイク。
 マイクは半年ほど前に日本旅行をするために、日本の局を探してはQSOし、 情報を得ていた。
 僕は彼と何回かQSOするうちに親しくなり、安いホテルを探して予約するなど、彼の日本旅行のサポートをした。
 帰国する前日、僕らはマイク夫婦と成田でアイボールをした。
 このとき、僕は彼をお好み焼き屋に連れて行き、「これが日本の伝統的な食べ物なのだ」と嘘くさい解説をして、ご馳走した。

 それ以来彼はQSOするたびに、ニュージーランドへいらっしゃいと、誘ってくれていた。
 電話をかけて、「今、VKに新婚旅行に来ている」と告げると、マイクは不満そうにこう切り出した。
「なんでVKなんだ。そんなところ、つまらないに決まっ てる。ZLの方が面白い。ZLはVKのすぐ近くだ。明日来い!」
 僕はあまり考えもせずに「そうだ、近いね。じゃ行く」と返事をしたものの、いくら近いと 言っても飛行機で4時間かかるのだから、新宿に行ったついでに渋谷へ行くというのとはわけが違う。
 しかし、翌日には僕らはニュージーランドのオークランド に着いていた。
 僕らはオークランドの空港でマイク夫婦の歓迎を受けた。
 そして、郊外にある彼の家に3日間お世話になることになったのである。

 マイクの息子さんが僕と同い年くらいだから、たぶんマイクは僕の両親と同じくらいの年齢なのだろう。
 電気技師の仕事をしているらしく、一度職場に連れて行って、変電設備の点検作業に付き合った。
 マイクの息子さんのジミーは、日本の中古車を輸入して販売する仕事をしていた。
 彼は中古車を僕に見せて、「なぜこんなに新しい車を日本人は廃車にするの か」と僕に尋ねた。
 そういえばマイクのプジョーはすでに16年乗っているが、全く買い換える予定もないそうだ。
 信号でゴース&トップを繰り返す日本では車 がもたないのか、それとも贅沢なのだろうか。
 ジミーは重ねて尋ねた。
「この、バイザーに書いてある日本語を訳してくれ」
 運転席のサンバイザー に小さく書いてある日本語のことだった。
 僕は英語に訳した。
「毎日、あなたは車を運転する前に、車両の点検をしなくてはならない」
 確かにこう言う趣旨の ことが書いてあるし、法律でもそう定められている。
 ジミーは大げさに驚くポーズを取って、
「クレージーな法律だ。世界で一番故障しない日本の車を、毎日点 検するのか?」
 とあきれていた。ここで、本音と建て前を説明する英語力がなかったので、僕は笑ってごまかした。

 羊のショーを見せてもらったり、釣りに連れて行ってもらったり、マイク一家にはさんざんお世話になった。
 日本人は米しか食べないと思いこんでいる奥さんのナンシーが一生懸命鍋でご飯を炊いてくれるのが、凄くうれしかった。
 その後、僕らはマイク一家と別れてZLの南島に飛行機で向かった。
 それからはすべてレンタカーで周り、宿泊はすべてモーテルで、食事は自炊だった。

 女房はこのとき確かに、「こんな風変わりで楽しい新婚旅行は、あなたとでなければ出来なかったはず。最高だわ!」と言ったはずなのだ。
 しかし最近では、
「夏休みといえばキャンプばっかり。私はホテルでゆっくり上げ膳据え膳で過ごしたいの。だいたい、あなたとの海外旅行は全部自炊のモーテ ルかハムの家。新婚旅行でさえハムの家じゃない。信じられない。ああ、わたしってなんて不幸なんでしょう」
 と文句を言っている。
 あのときのあの感激の言葉を紙に書かせてサインさせなかったことを、僕は今になって悔やんでいるのである。

南極からお電話です

 アマチュア無線に南極の局が出てくれば、多くの局がそれと交信をしたがる。日本から見てのエンティティとしてそれほど珍しいところではないが、簡単にQSOできるところでもない。
 僕が初めてQSOした南極局は8J1RL、昭和基地だった。
 応答があるまで10Wで必死に呼び続けた記憶がある。
 もらったカードはオーロラの写真を中心にした綺麗なものだった。
 南極からQRVする局はまずラグチューなどしない。
 多くの局と交信できるように、コールの確認とシグナルレポートのみで終わる。
 それが当たり前だった。

 1990年頃のある日、3エリアのハムから電話があった。
「JO1QNOさんですか?」
「はいそうです」
「あのー、マクマード基地が呼んでますが」
 マクマード基地はアメリカの南極基地。コールサインはKC4だ。
「なんですか、それ?」
「マクマードからQRVしてる局と交信したのですけど、あなたに電話をかけて無線に出てくるようにQSPしてくれと言われました」
 僕はたまげた。アメリカの南極基地に知り合いはいない。
 慌ててリグのスイッチを入れ、言われた周波数に合わせてみると、僕のコールサインを連呼している局が聞こえた。応答してみると、オーロラ観測旅行でお世話になった、アラスカ大学の教授だった。
「あははははは、どうも倉持さんお久しぶり!」
「何やってるんですか、先生?」
「いや~米軍の仕事で学術調査に来てます」
「先生、南極も行くんですか?」
「何回も来てますよ」
「それは知らなかったです。それで、何か僕に特別なご用がありました?」
「別にないですけど、バンドワッチしてみてもいなかったので、JA3の局に頼みました」
「そりゃ、そう都合良く見つかりませんよ。先生、お元気そうで何よりです」
 こんな調子でラグチューは進むのだが、当然KC4と交信したいJAその他の大勢の局がこのQSOが終わるのを待っているはずだ。
 ということは聞いている人もたくさんいる。
 そんなところで僕の電話番号までアナウンスしたのか~と思うとひやひやした。

  しかし、教授はDXハンターでもペディション好きのハムでもない。
 30年くらい前に気象学研究のためにアラスカに渡った教授は、日本人の交信することを目 的にハムをやっている。
 DXCCなんて興味ないし、レポート交換だけのQSOにもまるで興味がない。
 ラグチューこそが教授の目的なのである。
 ところが待っ ている人たちは違う。
 僕は、ワッチしている人たちがいったいいつまで我慢してくれるのか、気が気ではなかった。
 思った通り、しばらくすると教授の信号にかぶせて、
「いい加減に譲れよ!」
 という日本語の信号が飛び込んできた。
 ごもっともでございます。
「先生、あのー、待ってる局もいるようなのでそろそろ・・・・・・」
 と、僕はそう切り出してみたが教授は意に介さない。
「大丈夫ですよ、私は今暇ですから」
 先生が暇でも、待ってる人は違うのだが、先生には関係ないらしい。
「ところで倉持さんのご家族は元気ですか。久々に木下せんべいを食べたいなぁ。この間、なすのぬかみそ漬けが・・・・・・」
 南極とせんべいと漬け物の話をした局は、たぶん僕だけだろう。
 ほとんど有線電話状態だった。
 しかし、教授がこのラグチューを辞める気がないことがわかると、それからは誰も文句を言わなくなった。

  きっと、珍しいエンティティーの現地局の中にも、「もっとゆっくり話をしたいなぁ」と思っているハムがいるかも知れない。
 日本では、いつも「珍局にQSO していただく」「珍局のQSLをお願いしてなんとか手に入れる」という傾向にあって、珍局がうらやましくもあったけれど、こう考えてみると世界一の雑魚カ ントリーでハムをやるのも、のんびり出来て良いのかも知れない。
 

YLへの貢ぎ物

 大学時代の同級生、J君には2人の妹がいる。2つ下の妹、C子ちゃんは高校生でハム。その下のR子ちゃんは小学生でハム。そして三人の父親、母親もハムという、全員ハム一家である。
 僕がはじめてJ君の家におじゃましたとき、僕らは大学生で、C子ちゃんは高校2年生だった。C子ちゃんはアクティブなハムで、性格が明るく、ローカルではモテモテのYLだった。
 J君一家が住んでいるのは千葉県で、東京からはかなり距離のある、農村&漁村地帯だ。
 僕らは夏休みにJ君の家に泊めてもらい、近所の海で海水浴を楽しんでいた。海は近くにあるし、帰ってくれば無線も聞けるし、数日間滞在していても飽きることのない環境だった。

 C子ちゃんがCQを出すと、驚くほどのパイルになった。声が澄んでいて、聞いている方が勝手に容姿を想像すると、かなりの美人ということになる。だから、男どもがうわずった声で呼んでくる。
 それをYL側からワッチしていると、ちょっと滑稽に思えた。
 実際はどうかというと、目の前にいるC子ちゃんはその想像を裏切らないかわいい容姿。
 こうなってはローカルの若い連中が騒ぐのも無理はない。

 翌朝、僕らが庭で雑談をしていると、一人の青年がビニール袋を抱えてやってきた。
「おはようございます」
「おはようございます」
「あの・・・・・・」
「ああ。僕らはJ君の同級生で、ここ数日泊めてもらっているんだよ。彼に用事?」
「いえ。あのーC子さんは・・・・・・」
 どうやらC子ちゃんに用事らしい。僕は青年を待たせ、J君の家に入り、ビニール袋を持った少年がC子ちゃんに会いに来ていると伝えた。
 しかし、伝えた相手が悪かった。
 C子ちゃんに言えば良かったのだが、僕がそれを伝えた居間にはJ君とお父さんしかいなかったのだ。
「あの野郎、また来たな」
 お父さんはそう言うと、恰幅の良いお腹を揺すりながら、玄関へ勢いよく向かった。
 そして玄関の戸を開けると、そこにはすでにC子ちゃんと会話をしている青年がいた。
 お父さんの登場にちょっとたじろいだ二人だが、C子ちゃんがビニール袋から中身を取り出して、お父さんにこう言った。
「今日の朝とれた大根を持ってきてくれたの」
 しかし、お父さんは仏頂面のまま、
「やい、小僧。うちの娘が大根で釣れると思ってるのか! 野菜なんぞ間に合ってるんだよ!!」
 と一喝した。
 すると青年は「ひぇ~」と体を丸めて全速力で逃げていった。

 J君に事情を聞くと、青年はローカルのハムで、C子ちゃんファンの一人であり、その中でも熱狂的にC子ちゃんにアプローチをしている数人の中の一人なのだそうだ。

 翌日、また青年が来た。
 しかし、今度は庭には入ってこずに、門のあたりで顔を出したり引っ込めたりしている。
 僕がそこまで歩いていくと、青年はばつが悪そうにビニール袋を抱えてうつむいていた。
「C子ちゃん、呼ぼうか?」
「お、お、おねがいします」
 しかし、結果は前日と大して変わらなかった。
「この小僧、うちの娘が梨で釣れると思ってるのか!!」
 お父さんの怒鳴り声に、青年は今日も「ひえ~」と頭を抱えて逃げていった。
 野菜がだめなら果物。青年なりに考えた作戦変更なのだろう。

 あれから数年後、C子ちゃんは結婚したとJ君から聞いた。
 どういう男性と結婚したのかなどの詳しいことは聞かなかったが、一つだけ興味はある。
 彼はいったい何を貢ぎ物にC子ちゃんの家を訪ねたのだろう。興味津々なのである。

YL・CWerの正体

 1990年頃、一時、和文CWに凝ったことがある。それも、430のCWに一時どっぷりつかっていた。
 430CWでJCCをやろうと思っていたが、そこはJCCハンティングには向かないところだった。なぜならば、そこにQRVしている多くの局がCWラグチューを求めているから、多くの局との交信ができないのだ。
 中には毎日僕を呼んでくるオッサンがいて、1時間に及ぶラグチューに付き合わされる。何を気に入られたのかわからないけれど、とにかくCQを出すとその局が呼んでくるので、毎日その局とのラグチューになる。JCCなんて増えるはずもなかった。
 ラグチューが中心なので、当然他の局ともなんどもQSOすることになる。その中に一人、紅一点の智美さんがいた。
 女性ハム自体が少数なのだから、CWerとなればもっと少ない。おまけに和文CWerとなれば希少価値。
 そしてさらにその腕前たるやかなりのものなので、これはもう日本でも指折りのYLのCWerということになる。
 僕は彼女と交信するたびに、女性向きの話題を提供することを心がけていた。
 毎日呼んでくるオッサンとのQSOには飽き飽きしていたけれど相手がYLとなれば話は別。
 何とも現金な話だ。
 そう思っている局は僕だけではないらしく、智美さんがCQを出すと、我先にとコールするので、なかなかお話しするのも大変だった。

 ある時、CWerの集まりがあるから来ないか、と毎日呼んでくるオッサンに誘われた。
 430のCWなんて変人の集まりに決まっているので断ったのだが、「智美ちゃんも来るのだ」とオッサンは興奮したキーイングで伝えてきた。
「おお、430CWのマドンナ、智美ちゃんが来るのですか!」
 こうなるとまた話は違う。
 僕は急にオッサンに感謝の意を表し、会への参加をお願いした。

 会が開催され、僕はオッサンと向き合って熱燗のお銚子でお互いに注ぎ合っていたが、二人の気持ちは他にあった。
「智美ちゃんはまだ?」
 幹事に聞いてみたら、「遅れてくる」とのこと。さすがに主役は待たせるものだ。
 僕らはわくわくしながらマドンナの登場を待っていた。
 待っているのは僕らだけではない。
 他のメンバーたちからも、「今日は知美さんが来るんだよね?」という声が飛んでいた。
 無線談義に花を咲かせながら、次第に僕らは酔っぱらいになっていった。
 そしてすっかりできあがった頃、幹事が言った。
「みなさん、今J△1○×△がおいでになりました」
 マドンナ智美ちゃんの登場を待っていた数名のCWerが「おお!」と笑顔を作って腰を浮かせ、入り口に注視した。

「こんばんは。遅くなりまして!」
 智美ちゃんが登場した。が・・・・・・。
 僕はひっくり返った。オッサンもひっくり返った。お銚子を持ったまま石になったOMもいた。株価が急落したような絶望の色に染まった顔もあった。
 なんと、智美ちゃは50がらみのオヤジだったのだ。
 これがCWの怖いところであり、面白いところでもある。性別なんて聞いてみないとわからない。たしかに智美という男性もいる。岩倉具視だって字はちがうが「ともみ」なのだ。このときになってそれを思い出した。
 僕らはすっかりやる気をなくしたものの気を取り直し、ビンゴ大会に燃えながら「これをやりに来たんだもんね」なんてうそぶいていた。

 翌日も智美さんのCQは出ていたが、誰も呼んでいなかった。

QSO用語によるYL談義

 どこの世界にも隠語というものがある。
 その世界では当たり前に使う言葉だが、それ以外の人から見れば暗号みたいなものだ。
 たとえば警察官などは頻繁に隠語を使う。これは話を速くするためと、部外者に内容を悟られないようにするためなのだそうだ。
 アマチュア無線の場合は前者のためのものが多く、隠語と言うよりは略語なのだろう。
 しかし、これも普段の会話で使うと隠語としての利用価値がある。

 学生の頃、僕らは居酒屋でどこかの女子大生グループと知り合い、合流する形になった。そこで、J君が無線用語を駆使してしゃべりだした。

「QNO。この店にQSYしてよかったね」
「そうだね。盛り上がってるし」
 YLさんたちの隣での会話なので、当然「それってどういう意味?」とか聞いてくるのだが、そこはごまかす。
「QNOのローカルYLのレポートを送れ」
「えーと、LU(右隣)が479(顔・スタイル・性格)、ZS(左隣)が587、OX(正面)が224でQSL交換(電話番号の交換)はあり得ないなぁ」
「そうかぁ。一番DX(一番端)にのYLはパネル(顔)がFBだね」
「うん。でも君のフロントのパネルはかなりBF」
「確かに! QNOからW方面はS(スタイル)が9じゃん」
「うーん、でもあれってベアフットかなぁ。リニア(オッパイパット)入れてない?」
「だとしたらかなりのオーバーパワーかも。その隣はちょっと・・・・・・パネルがジャンクじゃん!」
「ジャンクは言い過ぎだよ、うははははは」
「だっはっは!」

 こんな失礼な事を平気で話すことができる。しかし、調子に乗って好き放題言っているときに、その中のリーダー格のYLが、
「あのね、うちって、ハム一家なのよ」
 と言ったときには、一瞬で固まりました。
 皆さんもほどほどに。

パイルを浴びた日

 JO1QNO。このコールサインをもらったのは1982年。翌年にはCWが許可され、毎晩CQDXを連発した。これで僕はCWのすごさを体験した。

 下り坂ではあったがサイクル21で驚異的な伝搬状況にあったため、10Wに3エレ八木でも十分電波は世界中に届いたようだ。
 それまでもSSBでDXをやっていたが、もっぱら呼ぶ方に回っていた。
 CWが許可された日、僕はCQを出しているソ連の局をコールした。ラバースタンプQSOなら大丈夫だと思って呼んだのだが、相手が何かを質問しているのに気づいた。慌てて「QRS」を打つと、相手はゆっくりと質問を繰り返した。
「Is Your prefix true?」
「Yes」
 同じことをWの局にも質問された。

 ニューカマーでいきなりHFのDXに飛び込む人は少ない。だから、海外の局が日本で新しく出たプリフィックスを耳にすることはなかなかなかったのだろう。JOは1エリアにしかでていないので、コールサインを確認し直してくる局も多かった。
「僕のプリフィックスは珍しいらしい」
 そう意識したのはCWで連日パイルアップを受けたときだった。10WのQRS局にDXが群がってくる。
「何か勘違いしているんじゃないの? 新しいエンティティだと思っているんじゃないの?」という疑問を持ちつつも僕はパイルをさばいていた。

 あるとき、その疑問の答えが出た。それは数通のQSLカードがSASEで送られてきたからだ。
「WPXアワードのために、君のカードがほしい」
 どのダイレクトQSLにもそう書かれていた。アフリカの局までがSASEでカードを送ってきた。これで、プリフィックスを集めるWPXアワードのマニアが意外に多いことを知った。
 彼らは僕をJAの珍しいプリフィックス局だと思っているようで、これからうじゃうじゃ出始めるプリフィックスだとは思っていないのだろう。それを考えるとSASEはあまりに気が引けたので、いただいたIRCはQSLに同封してすべて返却した。

 それから数ヶ月ほどすると、JO1局のDXerも増えてきた。そうなるとちっとも呼ばれなくなってしまった。
 まるで、最初だけもてはやされる転校生のような、そんな体験だった。旬は最初の数ヶ月。
 4,5,7,8,9,0エリアはこれからまだ新しいプリフィックスがでてくる。もしもそれらのエリアに引っ越しをされる際にはプリフィックスが変わる時期を見据えて新しいプリフィックスをゲットした方が、おいしい思いを出来るかも知れない。
 ただし、ほんの数ヶ月だけど。

QSOでメーカー無料修理

 1995年の頃だったと思う。
「JO1QNO、こちらはJA○×○△。あなたのTS-830についてお話ししたいのだけれど、いいですか?」
 14MHzのSSBで、僕は初めて交信するOMにこう声をかけられた。

 僕は1982年にHF機のTS-830Vを購入した。これがトリオ(現ケンウッド)最後の真空管リグだった。
 出力10Wで1.9~29MHzをカバーし、WARCバンドは受信のみ(簡単な改造で送信可能になる)。当時としては最高峰のリグだった。
 基本的には出力100WのTS-830Sとは同じ作りだが真空管(6146B)がTS-830Sの2本に対して1本だった。しかし、この真空管を含めたパワーアップキットでTS-830Sに改造することも出来るリグだ。
 
 僕はしばらくの間10Wで楽しんでいたが、83年の7月に保証認定が10Wから100Wに引き上げられたこともあって、数年後にはパワーアップを行い、IC-756PRO3を購入するまでの25年間、このリグを使い続けた。

 さて、今から10年以上前のこと、TS-830のバンド切換スイッチがおかしくなった。バンドを切り替えるとまるでアンテナをちゃんとつないでいないような状態になることが幾度となく発生した。
 切換スイッチをいじると戻るので、そこに問題があることは明らかだった。
 僕は販売店を経由してケンウッド社に修理を依頼したが「修理不能」とのことで返品されてしまった。
「部品がないそうです。バンドをどこかに固定してしまうことなら出来るとのことですが、どうしますか?」
 と、販売店に言われたが、モノバンダーに改造する気にはなれなかった。
 とても気に入っている愛着のあるリグだけに、他のリグに変えることなども考えられなかった。
 これはもう、ジャンクのTS-830を買ってきて分解するしかないか、などとも考えていた。
 こういうときは14MHzで国内ラグチューをしているOMに相談するに限る。
 僕はそう思い、14MHzでCQをだしていた国内の局を捕まえてその話をした。
「部品がなくて修理が出来ないのだそうです」
 しかし、そのOMさんにはこれといって名案はなかった。
「真空管のリグじゃバンドを変えるたびに調整取らなくちゃいけないし、買い換え時ということじゃないのかな」
 その意見にも一理あると思いながらも、その気にはなれなかった。
「JRCだったら、どんなに古くても部品の提供をするそうです。ケンウッドは駄目ですね」
 そう文句をたれたこの僕の言葉に反応したのが、この交信を聞いていたケンウッドの幹部だった。

「JO1QNO、こちらはJA○×○△。あなたのTS-830についてお話ししたいのだけれど、いいですか?」
「JA○×○△、こちらはJO1QNO。もちろんです。どうぞ」
 彼はすぐに、自分がケンウッド社の管理職であることを明かして、僕に修理の経緯について尋ねてきた。
 僕の説明に対してOMは、
「それは古い部品がデータベースに登録されていないせいで、探せばあるかも知れない。自分に送ってくれればなんとかするので任せてほしい」
 と申し出てくれた。
 それから数日後、僕の元には修理を完了したTS-830が戻ってきた。
 しかも無料。
 OMは気楽に引き受けたように見えたけれど、実際には社内で面倒な問題をクリアしてやってくれたのだろう。
 見ず知らずの自分にそんなことをしてくれたのは、OMの愛社精神と、ハム仲間という気持ちのつながりによるものに違いない。
 僕はこういう人と人とのつながりがアマチュア無線のもっとも楽しい部分だと思っている。
 なにはともあれ、OMに感謝!

 先々月に新しいリグが入ったが、TS-830は今でもシャックに並んでいる。数々の思い出を作ってくれたこのリグを僕が手放すことはない。
 物には擬人化して感情を持ちこむようなことをしないと決めてはいるのだが、どうしてもこういう趣味の物は簡単に切り捨てることが出来ないでいる。
 近いうちにどれか一つのバンド専用のリグにしようかなと思っている。
 しかしそう考えると、「結局モノバンダーになったんじゃねーか!」という気がしないでもないけれど・・・・・・。

ログの秘密

 みなさんは、ログの備考欄にいったい何を記載しているだろう。
 僕の場合、一昔前はHFのDXでもリグの紹介やアンテナの紹介、気温や天気、その他いろいろな情報を交換したのでその内容を記載していた。
 ところが最近はそういう事を送信してくる局が少なくなり、レポートだけのQSOがほとんどになっている。たぶんこれは、コンディションが良くない状態が続いているので、それに合わせているのだろう。
 しかし、こうなると備考欄は寂しくなる。書くことはせいぜいQSLマネージャーくらいだ。
 でも、国内の安定したQSOでラグチューしたときにはいろいろな話題が出るから、書こうと思えばいくらでも書ける。
 僕も「DXペディションについての会話」というように、簡単に相手との会話の超概略を記載したりしている。
 実は、僕のログには秘密があるのだ。
 それは、二度とやりたくない人とのログには「BF」と書くことだ。
 このマークが付いている人がCQを出しても間違って呼んだりしないように注意するためだ。
 僕が「BF」と書く相手のほとんどはCB無線みたいな人か、きわめて失礼な人、そしてQSOにならない人が占める。

「了解しましたから~。QNO局の信号はメリット5。ちょっと途中でねぇーん、QRがかかりましたけどねーん、話の内容はすべてマルですからねーん」
 マルというのはOKの事らしいのだが、こういうおじさんは「バツ」だ。
 はたまた6mバンドで有名な人で、こんな人がいた。
「こちらのアンテナはクリエートの6エレです。今までダイポールでしたが、先週やっと八木が上がりました」
 と、アンテナをあげたばかりの僕は上機嫌。ところが大先生はこう切り返した。
「あ はははは。なんだ、クリエイトの6エレですか。あれはロングジョンなんて言ってるけど、ブーム長は短くてね、まー6エレとは言えないような性能ですよ。 そーんなアンテナ駄目ですよ。それじゃすぐ限界が来ちゃって話になりませんよ。うちのアンテナは11エレですがね、近々エレメントを増やす予定です」
 思わず「うるせー、ばーか!」と言いそうになったけれど、ここはCBじゃない。
 ぐっとこらえてただ「BFマーク」をログにつける。
 ちなみにクリエイト社の名誉のために言うが、このアンテナはコストパフォーマンスに優れた、すばらしい性能のアンテナだ。

 そして困っちゃうのが「QSOにならない人」だ。
 相手に悪意はないのだろうけれど、とにかくQSOにならない。
 なぜならないかというと、すぐにマイクを返してくるからだ。
 ショートQSOを望んでいる訳でもなさそうだし、初心者でもないのだからどうにもならない。
 とにかく、こちらが何を言おうが、すぐに「どうぞ!」と返ってくる。
 しかも、彼の話す内容はすでにもう聞いている内容で、それを繰り返すだけなのだから話を広げようがない。
「了解しました。んなわけでねー、やってます~。59で来てますよ。どうぞ」
 なにが「んなわけ」なのか、「やってますよー」になんの意味があるのかわからないし、59であることは最初に聞いているので、次が困っちゃう。
「ああそうですか、どうぞ」
 と言ってみたいけれど、それもちょっとできない。
 とにかく、何を言おうがほとんど新しい内容がなくすぐに返してくるのだ。
  こういう人の特徴は、自分がCQをだしているのに、呼んできた局に対して、
「JO1QNOどうぞ」
 とだけ言って、自分から話さないと言うことだ。
 一度そう いう局に「はい。コールはその通りです、どーぞ」と返してみたら、「了解です、どーぞ」と言われた。
 そこで「そのまた了解ですどーぞ」と言うほど僕は図々 しくなかったので、こちらから話を始めることになってしまったのだが、とにかく会話にならない。
 こういう人たちに「BFマーク」をつけてしまえば何度も嫌な思いをしなくて済むというのが、僕のログの秘密なのである。
 ちなみに一緒にお酒を飲みたくなっちゃうような人には「FB」と記載している。

 さて、前置きが長かったけれど、今回のよもやま話の登場人物W氏は最後の「会話にならない人」に近いけれど会話になる人だ。
 僕はその人との会話は好きなのだが、同じことばかり言う、という点できわめて最後のケースに似ている。

「昨日は、アンテナあげてました~。ローカルのね、アンテナをあげてました~。んなわけでねー。アンテナあげてましたけど・・・・・・んなわけです。アンテナあげてました~どうぞ」
「了解です。そうですか。アンテナは・・・・・・」
 と僕がたくさん話して、「どうぞ」と返すと、
「了解しましたー。んなわけでねー。アンテナあげてました~。アンテナあげてましたけどね~。んなわけで、アンテナあげてました。明日もアンテナあげますけどねー、んなわけでアンテナあげますー。アンテナあげますけどねぇ~。んなわけでーアンテナあげてます~。どうぞ」

 とにかく、W氏の場合は「アンテナあげた」という話が延々と続くのだが、質問をするといろいろとテクニックがでてくるし、中身のある話もしてくれるので、僕は彼とのQSOは好きだ。
 でも、だまっていると壊れたレコードみたいになる。
 ある日、W氏が僕のシャックを訪れた。たまたまW氏がうちの近くを車で走っていたので、「コーヒーでもどうぞ」と僕がお誘いしたのだ。

 シャックでいろいろとお話ししてみると、ごく普通。「んなわけでー」も言わないし、「アンテナあげましたー」も言わない。
 アンテナの話は大好きだからやっぱり出てくるけれど、ごく普通にその話をするだけの普通の人だった。
 僕は話のネタに彼にQSOログを見せた。
 ログはすでに紙ログからハムログに切り替えていたので、W氏とのQSOデータを検索するのは簡単だった。

「Wさんと僕はもうずいぶんQSOしてますね」
 彼とのQSOデータの備考には「BF」とは書いてないので問題ない。
 そのデータを見ながら、或いはDX交信のデータを見せながら僕らはアイボールQSOを楽しんだ。
 そんなとき、XYLがコーヒーを入れてきたので、僕はふと思いついて、XYLのログデータを読み込んだ。
「WさんとうちのXYL、交信しているかも知れないですね」
「そう?」

 こんな話をしながら、僕はXYLのログデータからW氏のコールサイン検索をした。
 データは一瞬のうちに表示されたが、僕の目に飛び込んできたのはXYLが書いたRemarks欄の記載事項だった。
「アンテナをあげた話ばっかりする。つまんない」
 僕は目にもとまらぬ早業でエスケープボタンを押してそのデータの表示を消して話題を変えたのだが・・・・・・。
 たぶん、しっかり見られた。

QSOマネージャー

 社会人になって、DXに使える時間が少なくなってしまった頃、僕は14,と21の2バンドだけでDXCCを細々と追いかけていた。
 世の中には、DXペディションに併せてアンテナを変えたり、設備を増強し、休暇まで取る人がいるが、僕は平日の夜と週末だけのDXerだった。
  VK9メリッシュリーフのペディションがあった。当時の設備は14と21の2バンド八木。14は3エレ、21は4エレの動作。高さはあまりないし出力は 100Wなのでペディションのはじめの方ではなかなかとれない。おまけに時間的に合わないことが多く、「とれたよ!」という報告ばかりを耳にしていた。た またま見つけたところで、パイルの壁が厚くて話にならなかった。
 そんなころ、近所のDXerとVHFで知り合った。毎晩おじさん三人がDXの成果を報告し合うラグチューをしていたので、僕もそれに何度か混ぜてもらった。
 この中の一人、X氏はすでに仕事をリタイアした方で、十分な時間があり、メリッシュリーフも初期の方で各バンドにてゲットしていた。
 他のメンバーは仕事があるので僕と同様、なかなか思うようにいかないらしい。

 ある日、このおじさんたちの会話を聞いていて驚いた。
「Vさーん。メリッシュリーフ、21SSBでやったよ~」
 と、X氏。
「本当ですか、Xさん。いいなぁー」
 と、V氏。
「あんたの分もやっておいたよ」
「え、ほんと? ありがとー!」
「あとでQSL持ってきてよ。一緒に書いてだすからさ」
 僕はぶったまげた。そう。このX氏はQSOマネージャーだった。QSLマネージャーではない、QSOマネージャーなのだ。
 つまり、自分のコールサインで珍局をゲットすると、そのあとは暇つぶしに友達のコールサインでゲットし、その結果を相手に伝える。だから、僕が聞いていたラグチューは互いの成果を自慢していたのではなくて、お互いにQSOしてあげたデータを交換していたのだ。
 これで、VさんはやってもいないメリッシュリーフのQSLカードを手にして、DXCCに使うことになる。何が面白いのか僕には全くわからないのだが、本人たちはそれでいいらしい。
 それ以来、この方たちとはあまり関わらないようにしていたのだが、数日後にX氏が僕をコールしてきた。
「QNOさーん、メリッシュリーフおめでとう」
「え? あ、いや。まだ僕とれてないんです。昨日もパイルに参加しましたけど、駄目でした」
「聞いてたよ。それで、そのあと私がやっておきましたよ」
「やっておいた?」
「そうそう。JO1QNOでQSOしておいたよ。礼はいらないよ~」
 礼言うかぼけ!
 僕は思わず、5000円のわら人形セットを買おうかと思った。ふざけんな、このジジイ!

 ペディション局には僕のログが載っている。同じバンドモードでもう一度やればそれは保険QSO。それはやってはいけない。だから、ジジイがやってしまったバンド/モードでは二度とコールできない。
  しかし、X氏は1kW出力だけど3アマなので、14は出られない。僕は1バンドでも出来ればいいので、14で取ればまだチャンスはあるし、21もCWが 残っている。僕はそう気を取り直して、僕は怒りを抑えた。
 こういう人には言ってもわからない。
 付き合わないようにすればいい。
 そう思って、抗議することは しなかった。
 ところがそれが間違えだった。
 ジジイはよほど暇だったらしく、僕が仕事をしている間に、14,21のSSB、CW共JO1QNOでQSOしてしまった。
 ないはずの14MHzのアンテナをジジイはなぜか持っていた。

 このまま終わっていたら、ジジイの命はわら人形セットに奪われていたところだったのだが、幸い僕は28でまだ誰も呼んでいないメリッシュリーフを見つけ、21のアンテナでゲットすることが出来た。
「一緒にQSLを送りましょう」
 というジジイの申し出に対して、
「やってもいないインチキQSOのカードなど無効だからいりません」
 と返答したら、ジジイはカンカンに怒って、それ以来、彼らのグループ全員と疎遠になった。
  あれからかなりの月日が流れ、ジジイのコールサインは空き状態になっている。しかし、今でもたまに、やった記録のない国内局のQSLカードが僕のところに 届くことがあるので、もしかしたらジジイは田舎に帰って、今度はJCCハンティングでもやっているのかも知れない。知り合いのコールをたくさん使っ て・・・・・・。

P.S.僕は年長者は敬うべきだと思っていますしを敬っておりますので、年をお召しになった男性という意味で「ジジイ」という呼称は使いません。僕もまもなくその年齢にはいるのですから。
 つまり、かくのごときとんでもない年長者の場合だけ「ジジイ」です。
 また、わら人形セットは現在各社から販売されているようですが、現在の我が国の法律においては、呪い殺しは罪には問われないそうです。
 近所のいやーなDXerに対して使ってみて、もしも成果があったら教えてください。
「やってみたら、奴のアンテナに落雷がありました!」
 とか。ご報告お待ちしてます。
 そういえば僕のアンテナ、先週曲がりましたが誰か・・・・・・?

自称クソ坊主

 JA6AS。福岡県八女市の三浦OMとのQSOは強く印象に残っている。OMが出没するのはいつも21MHzのSSBだった。三浦さんの職業はお坊さんなのだが、お寺の境内にタワーを建てておられるらしい。

 ご本人が言われるには、
「近所のもんはわたしのこと、くそぼーず、くぞぼーずと言います。わっはっはっはっは!」
 豪快な話し方と笑い、そしておもしろさでファンも多く、国内QSOでは順番待ちになることが多かった。
 三浦さんがロボットを作って、そのロボットにお寺の鐘を突かせている、というニュースを何かで読んだので、次のQSOの時にそのことを尋ねると、
「あれねー、倉持さん、参りました! 新聞やらテレビやら来ました。でも、あのロボット壊しました。偉いお坊さんに怒られてねー、壊しましたよ。あっはっはっはっは!」
 いつもの豪快な笑い声に、こちらも思わず楽しくなる。
 坊さんがロボットに鐘を突かせてその間遊んでいるなんて話は聞いたことがない。しかし面白い。
「倉持さん、わたしねー、この間仲間の坊主と一緒に芸者あげましたよ、芸者。あっはっはっはっは!」
 確かにくそ坊主だ。だけど、素敵なくそ坊主。そして極めつけはこれ。
「倉持さん、最近不景気! うちの近所、人が死なない! 商売あがったり! あっはっはっはっは!」
 僕はリグの前で腹を抱えて笑った。いつ話しても、腹の底から笑えるQSOになる。
 ある日、CQを出しているJA6ASをWの局が呼んでいるという、珍しい場面に遭遇した。果たして三浦OMの英語力はいかに?

 しかし、ここでも三浦OMは大物ぶりを発揮した。
「おはよう! 名前、みうーら! みうーら! 貴方のシグナル、ファイブナイン! ファイブナイン! QTHは八女! 八女! QSLはビューロー! バイバイ!」
 全く動じることもなく、いつもの調子。相手に合わせて英語なんてしゃべる気が全くない。しかも、これで相手に通じてQSO成立。
 これは凄いと思った。なんだ、DX交信に英語はいらないんだ、と思った。
 
 昨日、古いQSLの整理をしていたら三浦さんのQSLが出てきたので、ふと懐かしいQSOを思い出した。QSLを見ただけで、20年も前のQSOの内容を思い出すことがある。三浦さんのように強烈な印象を与える方でなくても、そういう場合がある。不思議だ。
 最近、21MHzを全くやっていないので三浦さんとはQSO出来ていないし、信号も聞いていない。元気にしておられるだろうか。

P.S. これを書いた何年かあとになって、JA6AS三浦さんがサイレントキーになったことを知った。ご冥福をお祈りします。

ラウンドテーブルQSO

 以前、よくラウンド・テーブルQSO(略してラウンド)をしていた。ラウンドは1対1の交信ではなく、数名で行う交信のことだ。
 この場合、送信権は順番にやってくるので、他の人が送信している間は、受信だけしていることになる。
 たとえば4人でラウンドをしていて一人3分話すとすると、自分が次の人にマイクを回してから9分後にまた自分がしゃべる順番になるということだ。
 気の利いたメンバーなら、参加人数を考えて自分の持ち時間を調整したり、話題が異常に飛ばないようにコントロールするのだが、中にはそういうことが苦手な人もいる。
 仲良しメンバーのQ君もその1人だった。
 Q君はみなに好かれているし、僕にとって大事な友人なのだが、ラウンドでは一つだけ困ったことがあった。
 それは、「話が長すぎる」ということだ。
 長くても一人3分程度、短い人は一言で次に回すというのに、Q君だけは違った。
 彼にマイクがわたると最低30分。ひどいときは1人で1時間しゃべり続ける。
 しかも、その間に次の話題に移ってしまうので、誰かのコメントを求めたくて問題提起をしたような場合に彼がいると、その目的はかなわない。
 Q君に話題 を変えられてしまったらあきらめるか、あるいは無理矢理話題を戻すしかなかった。
 Q君がラウンドに加わることになれてきたメンバーは、それぞれその環境への対応を独自にこなしていた。
 Q君にマイクが回ると同時にほとんどのメンバーはリグの前を離れた。
 トイレに行く、勉強をする、明日の支度をするなんて言うのは当たり前。
 ひどい奴になると、風呂に入ったり、別のバンドでCQを出していたりする。
 S君などは、「あいつとQSOしてたら、親に死に目に会えない」なんていう冗談まで飛ばしていた。

 しかし、そんなQ君に対してみなは優しかった。冗談で「おまえ、なげーよ!」とは言うけれど、誰も本気でクレームをつけたりしないし、彼の存在を疎ましく言う人もいなかった。
 それだけ、彼はみなに好かれていたのだ。
 彼はラウンド以外の初対面の人とのQSOでも話が長かった。
 だから、さんざんしゃべったあげく「どうぞ!」と返したら相手がいなかったということは日常茶飯事で、本人もあまり気にしていない。
 どんな状況でも平気で長話なので、50MHzのEスポでQSOすると、しゃべっている間に電離層の状態が変化して、たいがい相手はいなくなっていた。
 モービル局と交信すると、相手の人は彼がしゃべっている間に目的地に到着する。
 駐車場でいつまでも待っている律儀な人もいるが、だいたいの人は電源を切ってしまう。

 ある日、いつものように4,5人でラウンドをしていた。そしてそのうち時間も遅くなり日付が変わる頃になると、一人、二人と抜けて、僕とY君、そしてQ君の3人が残った。
 そして、いつものようにQ君の番になると2人ともリグの前から離れた。
 Y君はQ君の電波にかぶせて、「風呂行ってきまーす!」と僕に連絡。
 僕は僕で、「ビール買ってくるよ」とコンビニに出かけていった。
 帰ってきて驚いた。スピーカーから聞こえるのはQ君の話し声ではなかった。
 それは、強烈なイビキなのである。
「ぐわー。ぐわー。ぐわー」
 気持ちよさそうにイビキだけが聞こえる。
「Qの奴、話しながら寝ちまったな!」
 と、僕は思って、思わずシャックで大笑いした。
 しばらくすると、そのイビキにかぶせて「びゅびゅびゅー」と音がする。誰かが送信しているのだ。
 それはたぶんY君だろうと想像できたのだが、そうだとするとこのイビキの主の電波はY君よりも強いということになる。
 Q君が出力を上げたのだろうか、と考える。
 いずれにしても、この強烈なイビキ電波が出ている限り、もう交信は出来ない。
 Q君の家に電話をしようかと思ったが、家族がいることを思い出してやめた。

 翌日、思いもしない事実が判明した。それは、イビキの主はQ君ではなかったということだ。Q君は、
「俺が話し終わったら、もうイビキが流れていたんだ。俺はてっきりY君が寝ちゃったんだろうと思って、仕方ないから俺も寝たよ」
 というのだ。もちろんY君は「風呂に行っていた」とは言わないけれど、「俺じゃないよ」と否定した。
 そんな話をしていたときに、知らない局が声をかけてきた。彼の名前はR君。彼が声をかけてきた理由は、僕らへの謝罪だった。
「どうも申し訳ありません。皆さんのお話をいつもラジオ代わりに聞いているのです。Qさんの話を興味深く聞いていたのは覚えているのですが、いつの間にか眠ってしまって・・・・・・」
 彼の話によると毎晩僕らの話を聞いていて、特にQの話が楽しいという。Q君を除く他のメンバーはあうんの呼吸でR君をラウンドに誘った。
「聞いてるだけじゃつまらないでしょ。一緒に話しましょうよ」
 Q君の話をまともに聞いてくれる奇特な人が現れたのだ。
 彼さえいれば、「マイクが帰ってきてやしないか」などと気にすることなくお風呂にいける。
 みんな考えることは同じだ。
 Q君のお守りをしてくれる便利な仲間が増えたと、みなは思っていた。

 それからR君もラウンド仲間になり、話を聞いてくれる人が出来たことで、Q君のしゃべりもさらに拍車がかかっていた。
 しかし、一つだけ困ったことがあった。それは、「R君も話が長く、しかも寝る」ということだった。
 Q君とR君。この二人が揃ったら、1時間に1回くらいしかマイクが回ってこなくなったし、突然イビキの送信が始まることが何度もあった。
「スタンドマイク、やめた方が良いよ」
 と皆に言われるほど、R君は何度も無線でイビキの発表を行っていた。
 僕がしばらくの間引っ越しをして地元を離れている間に、このラウンドはなくなっていた。
 彼らもどこへ行ってしまったのか、姿を消してしまった。
 今、皆がどこに住んでいて、無線をやっているのかどうかもわからない。
 でも、たまにイビキが流れている周波数を見つけると、「もしかしたら」と耳を傾けてしまうのである。

設備なんて教えない

 アマチュア無線をやっていると、交信する局の多くは初対面だ。
 初対面であるにもかかわらず、「同じ趣味」という共通点がその硬さを崩して和気藹々と会話が出来るところに面白さがある。
 よく、アマチュア無線を知らない人に、「知らない人と何を話すの?」と聞かれるが、それは他の趣味でも同じこと。
 同じを趣味をしている人同士なら、話は尽きないはずだ。
 趣味という共通語でいくらでも会話は成り立つ。

 同じ趣味をやっていれば、かならずと言って良いほど出てくるのは道具の話。いわゆる道具談義という奴だ。
 アマチュア無線も同じで、リグ(送受信機)、アンテナ、その他諸々の道具が話の中にでてくる。そしてこれらを互いに紹介するのも、ごく普通の交信スタイルだ。
 ところがある日、僕はとても珍しい国内の無線家と21MHzのSSBで遭遇してしまった。お互いに挨拶し、シグナルレポートを交換し、QTHの紹介をするまでは良かったのだが、問題はそこからだった。

「僕のリグはトリオのTS-830Vを100Wに改造した物を使用しています。アンテナは4エレの八木で高さは10メートルです。○○さんの設備はいかがですか?」
 僕は○○さんの設備をログに記載すべくペンを持った。しかし彼はさっきまでとうってかわって、攻撃的な口調に変わっていた。
「あのね、わたしにはね、初対面の貴方にどんなリグを使っているとか、アンテナは何かなんて話す義務はないんですよ!」
 僕は仰天した。身長や体重、ましてや金玉の大きさを質問したわけじゃない。リグとアンテナだ。僕にはさっぱり彼の怒りが理解できなかった。
「ああ、そうですかぁ・・・・・・それなら結構です」
 これしか言いようがない。しかし、それでは彼には不足だったらしい。
「だいたいですね、初対面なのにそんなことをズケズケ質問するなんて失礼ですよ! 私がどんなリグを使おうが、私の勝手でしょう。何で貴方にそんなことを言わなくちゃならないんだ!」
 そりゃ勝手なのだが、そんなことを言われたのは初めてだ。なんで失礼なのかもさっぱりわからない。
「わかりました。それなら結構です。どうも失礼しました」
 失礼はしていないけれど、これはもう早くQSOを終わるしかないと、僕は思った。
「それではこの辺で失礼します。QSLカードはいかがしましょうか?」
 すると彼は怒鳴った。
「あんたみたいな失礼な人に、QSLなんて出しません!」

 これでQSOは終わった。
 そのあとで僕をコールしてくれたOMさんは、
「さっきの人、おかしな人でしたね。ブレークして文句言ってやろうかと思ったんですが、こらえました」
 と言ってくれたので、どうやら僕の方が妙なことを口走ったわけでもなさそうで安心した。
 それにしても、世の中にはいろいろな人がいるものだと改めて思ったQSOだった。

アイボール幹事は大変なり

 僕はHFでのDXを中心にハムを楽しんでいるが、V/UHFで近所のハムとおしゃべりするのも大好き。
 なんども会話を楽しんでいれば、そのうち「一杯やりましょう」ということになる。
 ある日、Yさんが盛んに「アイボール会やりましょうよ」と誘ってくるのでその話に乗った。
 ところが、どういうわけか僕が幹事になってしまった。

 僕とYと数名でスタートした話だが、その参加者が推薦する方ならば、他の方にも参加していただこうということにした。
  せいぜい6名くらいでやるつもりだったのに、あっという間に20名を超えてしまった。その人数を把握するのが大変だ。
 参加表明をしたりキャンセルしたりし 放題。
 人数が決まらないから店も決まらない。
 一番困るのが「行けたら行く」という人。
 しばらくそんなすったもんだがあって、なんとか人数も確定し、店も決 まった。
 一つ大きな問題があった。
 それは僕と親しいP君が参加表明したことだった。
 なぜ困るかというと、とても性格が良くスマートなQSOをするP君なのだが、恐ろしく酒癖が悪い。
 酒が入ると誰かに絡まなければ気が済まない。
 まるで絡むことが義務かのごとく絡むのだ。

 酒癖の悪い人とは二度と飲まない。僕はそう決めていたのだが、彼は「絶対に絡まないから入れてよ!」としつこく言ってくるので、もしも絡んだら放り出す、という条件で参加を認めた。
  当日、僕はP君のとなりで、彼を見張る役にされてしまった。
 最初のうちは調子よく機嫌良く無線談義をしていたのだが、次第にP君の目つきがはれぼったくな り、薄ら笑いをはじめた。
 これはやばい。
 そこで僕とP君の目が合う。
 すると彼は急にしゃきっとして、「絡んでないよ、うん。僕は絡みません」という。
 でも しばらくすると他人の話を聞きながら薄ら笑いを浮かべて、絡もうと身を乗り出す。
 しかしそこで自制して頭を振り、また元の位置に戻る。
 僕が彼を観察していてわかったのは、あれは完全に病気だということだ。
 たばこを吸わないと我慢できないのと同じで、彼は酒を飲んだら誰かに絡まないといられないらしいのだ。
 それを我慢するにはかなりのパワーが必要らしく、本人も「疲れた」と言っていた。

 P君の問題はなんとか抑えることが出来たが、もう一つ問題が発生した。Yさんが一人の参加者をさしてこういうのだ。
「あの人、誰も知らないんだ。食い逃げじゃないだろうか」
 予定人数よりも一人多くなってしまったので、席がずいぶんと狭くなっていた。連絡なく増減するのは幹事泣かせだが、ドタキャンよりは増える方がいい。
 しかし、誰も知らない人が増えたとは夢にも思わない。
  他人の葬式にこっそり入ってきて食い逃げする人がいるという話は聞くが、アイボール会に食い逃げが来だろうか。
 そんな馬鹿なことはないと思って、一人一人 と会話をしながらこっそりと「あの人知ってますか?」と聞いて回った。
 その結果、その人を誰も知らないことが判明した。

 年齢は50代半ばくらい。短髪で寿司屋の親方みたいな風貌のその人は、皆と楽しそうにハム談義をやっている。
 でも、誰も知らないのだ。
 不気味だ。
「コールサインを書いてもらおうぜ」
 と、Yさんが僕に耳打ちした。
 僕はそれに同意して、「参加者の記録」ということで、皆のコールサインを順番に白紙に記載してもらった。
 しかし、彼のコールにはやはり見覚えがなかった。
 安いチェーン店の居酒屋だから一人3千円にもならないが、誰も知らないその人は、食い逃げすることなく会費を払ってくれた。
 じゃ、いったいなんなのだろう。
 僕は彼から会費を受け取るときに思い切って直球で質問した。
「この会にはどなたに聞いて参加されたのですか?」
 すると彼は悪びれずにこう言った。
「知り合いはいないです。430をワッチしていたら、アイボール飲み会があるというじゃないですか。ワッチしていて、場所と時間がわかったものですから、来てみました」
 こういう人もいるんだ~と僕はちょっと驚いた。
 その後、いつも無線でデートの約束をしている大学生カップルに、「そんなところで約束してると、知らないおじさんがデートに割り込むぞ」と忠告してあげたけど、大きなお世話だったかも知れない。

 記念撮影をして店に金を支払えば幹事のお役目終わり。
 やっとそこにこぎ着けたと思ったら、また問題があった。
  会計の都合上、僕がレシートを丹念にチェックし始めたときだった。
 なぜか、居酒屋のオヤジがにわかに落ち着きをなくしたのだ。
 その態度に、ちょっと変だな と思ったのだが、やはり変なのがあった。
 3,000円という商品が載っているのだが、安居酒屋にそんな高額のメニューなんてない。
「これ、なんですか?」
 するとオヤジはレシートを確認することもなく、「あ、間違えました」と言った。
 見てもないのに間違えだと断言する。
 変だ。
 それをやんわり指摘するとオヤジは切れた。
「間違えたって言ってるんだから、返せば文句ないだろ!」
 そういって、さっと3,000円を返した。
 どうせばれないだろうと思って多めに載せたところを見つかった、ということだろう。

 ここでP君が登場だ。公式に絡む権利があると考えたのか、P君は俄然張り切ってオヤジに絡み始めた。
「このやろー、そうやってちょこちょこ小遣いをせしめていたんだな。とんでもないオヤジだ。だいたいおまえの顔は最初から怪しいと思っていたんだ。その、鼻の横にあるほくろがだいたい気に入らない」
 言いたい放題のP君にオヤジも反撃するが、酔っぱらいというのは凄い。相手の反撃とは全然違う内容で再反撃するから議論にならない。
 P君はさんざんオヤジをこき下ろしたあと、「こんな居酒屋、二度と来るもんか!」と捨て台詞を吐いて店を出てきたが、その心配をすることもなく、その店は2ヶ月後につぶれた。
「あれは絡んだことにならないよね?」
 とP君は泣きつくけどもう呼ばない。
 凄く楽しいアイボール会だったけれど、二度と幹事だけはごめんだと思ったのであった。

TVI調査

 2007年のこと。サイクル24を楽しむため、無線設備の交換やらなにやら、ごそごそといろいろやっている。そんな中、土日に、試験電波を発射してのTVI検査をした。
 あらかじめ電波発射日時をいくつか設定しておき、その間にTVなどをチェックしてもらうことにした。

 近所はお年寄りが多いので、ちょっと大変。何をするのか説明しても、さっぱりわかってもらえない。
「電波障害はありませんか?」
 なんて言っても、
「工事をしたら1チャンネルの映りが悪くなった」
 から始まって、「新しい朝ドラがつまんない」という苦情まで・・・・・・。
 それでも一生懸命説明して、テレビのチェックをしてくれることになり、試験電波発射の日時や記録方法を書いた紙などを渡して日曜の夜に取りに行ったら、
「あたしゃ、昨日も今日もテレビを見なかった」
 でおしまい(笑)。また仕切り直しだ。

  他のお宅では、「先日テレビに声が入ってきた」、という話があり、「TVIだぁ~」とがっくり。
 その話になったら少々興奮して、
「好きな番組を見ていると きだったのにまったく腹が立ったわ!」
 とお怒り。
「それは申し訳ないです」
 と謝り、対策部材を用意しているので対策すべく詳細を聞こうと思って、障害が あったチャンネルを尋ねたら
「俺たちひょうきん族って何チャンネルだったっけ?」
 とおっしゃる。
「ありゃフジテレビですから8チャンネルですけれど、それが何か?」
 というと、
「その番組の時よ、声が入ってきたの。頭に来たわ」
 とおっしゃる。
 ちょっとまってくれ。あの番組は18年前に終わってるぞ! さらに聞いてみると、
「そうそう、20年くらい前ね。すぐそこでマンションの建設してた頃よ。トラックの無線がね・・・・・・」
 うーん、何の話だ・・・・・・。

 結局、午後にお婿さんがいらしたので検査させていただいたところ、PCのスピーカーに雑音が乗ることだけわかり、用意しておいたコアで対策完了。
 一番困ったのは、僕が電波を出すから障害が発生する、という話を理解してくれない人だった。
「そういえば、今日なんてちょっと映りが悪いわ。今もそうよ」
「今は電波出していません」
「でも今、ちょっと変なのよ」
「じゃあ違う原因ですね」
「でも変よ。映りが悪いの。それってあなたの言ってる電波障害よね。原因はお宅だったのね」
「ええ。あのー、ですから、今は僕がここにいますので、電波は出していませんよね。その時に映りが悪いと言うことは別の原因なんですね」

 これでわかってくれるのが当たり前だなんて思っちゃいけない。
「あらー。だって、あの大きなアンテナがあると、あちこちから電波が吸い寄せられてこの近所のテレビの映りが悪くなるんでしょ?」
 うーむ・・・・・・手強い。

くたばれエアーチェックマン

 学生の頃、僕はアパートでハムを楽しんでいた。
 4階建てのビルのアパートで、屋上は占領。ルーフタワーを設置して、14MHzの3エレモノバンダーをぐるぐる回していた。

 ある日、2Fに住むオタッキーな男が電話をかけてきた。
「俺のエアチェックを妨害するな!!」
 僕はエアチェックという言葉を知らなかった。
 気象観測でもしているのかと思った。
 よくよく聞いてみると、電波をひろう行為がエアチェックらしい。
 つまり、SWLとかBCLのたぐいだ。

 僕はとりあえず状況を確認するために彼の部屋を尋ねた。
「どんな風に障害が入ります?」
 僕がそう聞くと彼はテレビ画面を指さした。
「これだ」
 僕はその瞬間3つの疑問を持った。まず、一つめ目の疑問をぶつけた。
「どこがチラチラしてます?」
 まったくクリアな画面だった。
「これだよこれ。わからない? よく見ているとたまにあるんだ。あほら今!」
 画面をじーっと見ているとたまにあったような気がしたが、はっきりとはわからないものだった。
「いつもその程度ですか?」
「そうだよ。だがエアチェックはそこまでの精度を求める趣味なんだ」

 僕にはまったく画面の乱れなどわからなかったが、その趣味のベテランから見ればそうなのかも知れない。
 僕は二つ目の疑問をぶつけた。
「あのー、僕は今ここにいます。なので、その僕には見えないそのチラチラの原因は僕の無線じゃないとわかりますよね?」
 当然の疑問だ。これでエアチェックマンは納得するだろうと思ったがそうはいかなかった。
「意味がわからんね。あんたの無線がこういうチラチラをだしているんだろ?」
「ですからね、僕はここにいるんだから、今は誰も無線はやってないわけですよ。すると別の原因でしょう」
「ここにいるとなぜ無線は出来ないの?」
「そりゃ、僕は一人だからです。今、実際僕はあなたの話してるでしょう。無線やってないですよね?」
 少し考えるエアチェックマン。そしてこう言った。
「あんたのアンテナがあるから、テレビの電波が吸い取られて俺のところに来ないんじゃないのか?」
 掃除機かよ!
 でも、こういう人に説明してもわかりそうもないのでちょっと工夫して言ってみた。
「僕のアンテナはハムの電波しか吸い取らないんです」
 またしばらく考え込むエアチェックマン。そしてこう切り出した。
「あんたの部屋に無線機があるんだろ。それでこうなっちゃうんだよ」
「電源切ってありますよ」
「それがなんだよ」
「電源が入っていなければ、無線機としての機能はないでしょう。だからこのチラチラは僕以外の原因です」
 またまたしばらく考えるエアチェックマン。
「じゃあ、ちょっとエアチェックの仲間に相談してみるよ」

 少しはわかってくれたみたい。僕は気をよくして彼が聞いて欲しそうな3つ目の疑問について質問してあげた。
「どういうエアチェックをしているですか?」
 彼の目が輝いた。
「今は主に、『うる星やつら』の録画だね」
 エアチェックって、漫画の録画かよ!
「あの、ラムちゃんの?」
「そうそう」
 なんだこいつ。いい年こいて・・・・・・。
「そ、そうですか。で、それを全巻持っているわけですね。完璧な画像で保存する。そういう趣味なんですね?」
「いや。一度見たら消すよ」
 消すのかよ。じゃ、どうでもいいじゃ無いか!

 もうこいつの画面なんて縞模様が入ろうが真っ黒になろうがどうでもいい、と思いながら、僕はエアチェックマンの部屋をあとにしたのであった。

誓いのジャパーン!

 僕が大学生の頃、大OM、Iさんはある日の真夜中、近所の異変に気づいた。
 なにやら家の周りが騒がしく、普通ではない感じがしたのだ。
「なんだべか?」
 シャックの窓を開けてみると、自宅近くの結婚式場にパトカーが数台駆けつけており、赤色灯の反射が周りを不気味に赤く染めていた。
「なんかあったんだべか?」
 物見高いIさんは寝間着の上にガウンを羽織り、つっかけを足にひょいと引っかけて玄関を出た。
 そこから50メートルも歩けばその結婚式場がある。
「なんかあったんだべか?」
 Iさんが警察官に質問すると、若い警察官がIさんに答えた。
「侵入の警報が鳴ったんです。ちょっと前に泥棒が入りましてね、警戒を強めていたところでした」
 ちょっと臆病なIさんは少したじろいだ。
「んじゃ、この中に泥棒がいるんだべか?」
「いえ。くまなく調べましたが、問題ないようです」
 Iさんは安心して家に帰り、リグのスイッチを切って床に入った。

 いつもより早く寝たIさんは元気いっぱいで、早朝に目覚めた。
「せっかく起きたんだから、Wにアンテナ向けてやってみっか」
 Iさんは朝飯前のDXを楽しみ始めた。そしてしばらくQSOをしていると、複数のサイレンが聞こえ、パトカー数台が家の近くまで来たのがわかった。
「やっぱり、なんかあったんだべ!」
 Iさんはまたつっかけを履いて、急ぎ足で結婚式場へ向かった。しかし、しばらく警察官の捜査を待った結果、やはり何事もなかったという結論だった。
「まったく、人騒がせだべ」

 そう文句を言いながら家に帰り、IさんはまたDXを始めた。
 でもちょっと外が気になったIさんは窓を開けて、まだ結婚式場の前に止まっているパトカーを見物しながら違法のリニアアンプをガンガンに炊いて、CWでCQを出した。
 すると気のせいか遠くから自分のCWがちょっと違った音で聞こえてくる。
「リンリリンリ、リンリンリリン」
 Iさんは首をかしげて手を止めた。
「今のは、なんだべか?」
 そしてまたCQを出す。すると、明らかに結婚式場の方からベルの音がした。
「リンリリンリ、リンリンリリン」
 Iさんは蒼くなった。自分のCWに合わせて結婚式場の非常ベルが鳴っているのである。
 気のせいか、パトカーとの前にいた警察官が周りをきょろきょろし始めた。そして警察官と目が合った気がした。
 Iさんは慌てて窓を閉め、おまけに雨戸も閉め、その日は一歩も家を出なかった。
 その日からしばらくの間、Iさんの電波は街から消えた。

 復帰後のIさんに聞いたところ、あまりに誤報が多いので結婚式場は警報機を取り替えて、非常ベルIは出なくなったそうだ。Iさんは余程安堵したようで、うれしそうにそれを話していた。
 そしてまた毎日のようにIさんのCWと叫び声を載せた電波が街を駆け抜けるようになったのだが、しばらくするとまたIさんの電波は止まった。

 その理由を僕らが知ったのは、144MHzでのラグチューでのローカル情報だった。
「Iさんの隣の結婚式場で、新郎新婦が誓いの言葉を述べるときに『じゃぱーん!』って、スピーカーに入っちまったらしいよ」
 どうやら今回は、犯人がばれたらしいのである。

クレーマーOMのQSL論

 自分でQSOをしたり、QSOをワッチしていたりして、何度かQSLカードの話題に出くわしたことがある。アマチュア無線ではおなじみのこのQSLだが、これに関する考えは人それぞれらしい。何事も腹の中では人それぞれの考えがあるとは思うのだが、どうしてもしなくてはならないという場合でない限り、その主張を初対面の人に発表しなくてもよいし、ましてや相手に「その通りでございます」と同意させる必要もない。ところがハムの中にはこうしないと気がすまない人もいるので面白い。

「QSLはJARL経由でよろしいでしょうか?」
 3.5MHzで変態高校生ハムのブラボー君が、新潟の大OMさんにこう切り出した。僕はこの交信をワッチしながらカステラを頬張っていたのだが、大OMさんの一言で思わずカステラを吹き出してしまった。
「カードねぇ。最近はどうもカード、カードってうるさいですよねぇ。別にカードなんて必要ないと思うんですがねぇ。まぁ、どうしてもカードがほしければ往復葉書にQSOデータを書いて送ってくださいな。それに私の方でデータを書いて送りますから」

 今までに、こんな無礼なことを言うハムを見たことがない。正常な対人態度を備えている人ならば、絶対に言うはずのない言葉だったので、これにブラボーがどう反応するのかワクワクしてしまった。
「あのー、僕はデータがほしいわけではないのです。QSOした人からいただいたカードのデザインを眺めるのが好きで、それでカードがほしいのです。ですから、往復はがきならいりません」
 きわめて冷静に応えるブラボー君。スケベで変態だけれど、なかなか立派な高校生だ。

「あんたね、そもそもQSLってものがわかってないよ」
 すごい物言いに、今度は牛乳も吹いてしまった。
「QSLカードって言うのはね、交信証明書なんだよ。交信データがあればそれで成立するし、なければ成立しない。だからね、デザインなんてのはどうでもよいんだよ。あんた、そんなことも知らないでQSL、QSLってねぇ、困るんだよな」
 僕は固唾を呑んだ。
「はい。QSLカードが何のためにあるのかは知ってます。でも、その目的以外の価値を楽しんでもよくないですか。本来の目的以外の楽しみをもっても、それは個人の自由だと思います」
 この冷静かつ論理的なものの言い方に僕は拍手を送りたい気持ちだった。きっと聞いていたOMも反論が見つからずに困っているだろう。もう変態高校生だなんてとてもいえない、と僕は思った。君はそこのアホなOMよりもずっと賢いぞ、と僕はリグの前で感心した。
 ブラボー君は続けた。
「たとえばOMさんだってパンツのデザインや色くらい選ぶでしょう。金玉が出なけりゃそれでいいってわけじゃないと思います。女のパンティーやブラだってエッチなほうが・・・・・・うひひ」
 どうしてこういう例えしかでてこないのだろう。やっぱり変態高校生だった。

 ちなみにブラボー君は「しゃくだから」と言って往復はがきで思い切りボロいQSLを作って大OMに送ったが、結局大OMからの返信はなかった。QSL話のあとに、あまりに強烈な大OMの電波についてブラボー君が「それで10Wってありえるんでしょうか。500W局よりも強いですし、バックからブンブン音がしてます」とオーバーパワーの追求をしたのが気に障ったのかもしれない。


OM様のQSL発行要求

 2007年のこと。突然、外国人から電話があった。いや、電話というのは大体突然あるものだから珍しくないのだが、アマチュア無線でならともかく、我が家に外国人から電話がかかってくるということは、きわめて珍しかった。

「HELLO。あなーた、JO1QNOですかぁ? 私の前はサイモンです。サイモンとガーファンクルのサイモンと同じサイモンです。コールサインは7J7ACT。一度福島の山でお会いしました。そのあと交信しましたが、そのあなーたの、QSL、とどいていませーん。再発行、してくださーい。わたし、あなたのQSL、アワードにつかいまーす!」
 電話は三沢に住む7J7ACTサイモンさんだった。福島の山でも確かにお会いしたし、ハムフェアでも話をしたことがあった。QSLカードは「NO QSL」と言われないかぎり発行しているのだが、相手に届いたかどうかまではわからない。実際、届かないケースもあるようだ。

 たまに「QSLを発行してください!!」という強い口調の催促文を書いたQSLが届くが、あれはちょっと強烈だ。「やかましいやい、すっとこどっこい。こっちとら、毎月ちゃんとだしてらい!」と言いたくもなる。
 でもこんな風に「再発行」というと「あなたは発行してくれたのでしょうけれど、来ていないので」という言い方になるからソフトに思えるので、これは良い言い方だなとちょっと勉強になった。
 結局この方にはダイレクトでもう一枚出したのだが、ビューロー経由のQSLはどこへ行ってしまったのだろう。

 QSLといえば、QSO中に「えーと、貴局からのQSLは・・・・・・」とQSLの到着話を出されると、ちょっとドキドキする。もしも「まだもらってませんね」なんていわれると、約束違反しているようでよろしくない。だから「ああ、もらってますね」と言われるとほっとしてしまう。
 ちなみに僕は相手からもらっていたら言うけれど、もらっていない場合は言わないことにしている。一度「このときのQSLはまだ届いていません」とポロリと言ってしまったら、相手が異常に反応して何度も詫びるので、申し訳なくなったしまったからだ。

 先日は、山の上で移動運用していたOMさんをコールしたら、先々月にコンテストでQSOしたカードが届いていないと言われてしまった。
「コンテストのカードが届いていません。発行してください」
 今はコンテストのカードは要求されたときだけ出しているが、この頃はすべて発行していた。しかし、ビューロー経由のカードが届くには数ヶ月かかるということを今はみな承知していると思っていたので、この指摘にはたじろいだ。
「あの、そのQSOのカードでしたら、すでに発行していますが。まだそちらに到着していなのでしょう」
 そう言い訳をしてみたが、どうも納得していないようだったので、
「ビューロー経由でのQSLは数ヶ月かかるようです。その証拠に、貴局のカードもまだこちらに届いていません」
 と言ってみた。自分のカードも届いてないとなれば相手も納得してくれると思ったからだ。ところがOMさんの返事は意外なものだった。
「私は出してませんよ。コンテストのカードはね、届いてからじゃないと出さないんです。こちらから出しても相手からもらえないことがあるので、損ですからね!」

 自分は相手からQSLが来ない限り損をするから出さない。だけど、相手に対しては「まだ来ていない」とクレームを付ける。
 こんな風に強気で生きていけたら、きっと幸せなんだろうなぁ、と思いながら、ちょっと苦笑いしていたのであった。

ファイブ・ワンのこだわり

 ワッチをしていて面白いQSOを見つけた。
「レポートは51です。どうぞ!」
 声からして20代くらいのYMが、シグナルレポートを送った。相手はJAコールのOMさんだ。
「51なんていうレポートはありません。訂正してください」
 OMがレポートをはねつけた。
「了解度が5,信号強度が1です。51です、どうぞ!」
 再度YMがレポートを送る。
「だから、51なんていうレポートはないんです!」
「え? 了解度は5でSメーターは1しかふれません。51でいけないんですか?」
「だめです。あり得ません」
「でもそうなんです。何がいけないんですか?」
「了解度5は完全に了解できる。信号強度1は微弱でかろうじて受信できる、という意味なんですよ。かろうじて完全に了解できるって変でしょ。あり得ない組み合わせでしょ!」
 少しの沈黙があった。
「だけどみんな使ってますよ」
「そのみんなが間違えなんです」
「はぁ?」
「どう考えてもあり得ないでしょ。矛盾でしょう?」
「でも、全部了解できますし、Sメーターは1なんですよ」
「Sはメーターで判断するものじゃない。耳にで判断するものです」
「Sメーターで見るって本にも書いてありますけど」
「じゃ、その本が間違ってる。Sメーターなんてメーカーによって振れが違うんです。だから耳で計るんですよ」
 またしばらく沈黙があった。
「人間の耳も人によってちがうんじゃないですか?」
「だから鍛えるんです」
「鍛えても、機械の方が正確だと思いますけど」
「そんなことはありません。耳Sの方が正確です」
「絶対ですか?」
「絶対です」
「でも、例えばSの7と8って耳で区別できますか?」
「当然だよ」
「まるまるまる」
「なに?」
「さんかく、さんかく、さんかく」
「何してるの?」
「いまの丸と三角、どっちが強かったですか?」
 OMはSメーターを見る暇がなかったに違いない。
「丸!」
「ブブーッ。丸が10ワット、三角が20ワットです。やっぱりわからないじゃないですか」
「と、とにかく、51というレポートはないんだよ」
「じゃ、41です」
「やっとわかってくれましたか。じゃ、41としておきます」
「あのー」
「なに?」
「困難なく了解できる、と、かろうじて受信できるの組合せは、なんで良いのですか? これも矛盾でしょ」
「それはいいんです」
「なぜですか?」
「なぜだっていいだろ。51が駄目だといってるんだよ、私は」
「51に恨みでもあるんですか」
「馬鹿だな。そんなものあるわけないでしょ」
「馬鹿はあなたですよ。くだらないことにこだわって酔っぱらいみたいに絡んで。馬鹿か変態だよ。頭おかしいんじゃないの? 二度とコールしないでください、くそジジイ!」
「なんだと!」

「まったくだぜ、ばーか!」

 最後の全くだぜばーかは、どうやら第三者のようだった。
 人それぞれのこだわりって面白いなと思ったものの、カスカスでやっとコールがわかるようなCWで599をやりとりしているインチキRSTerの僕は、「この人とはとても交信できないな」と思うのであった。

移動運用での不思議現象

 
2009年は随分と移動運用をやったが、そのときに感じた話だ。
 HFのCWで移動運用を行っていると、とても不思議な局がいる。からかわれているのだろうかとあとになって思うけれど、そのときは結構パニックになっている。

1.コールしてくるのだが応答するといない。また呼んでくるけど、応答するとまたいない。まさかサイレントキーのコールサインじゃないだろうな・・・・・・なんて思って、怖いから調べていません~。

2.2局同時に呼ばれてプチパイルになってちょっと喜んだものの、良く聞くと2局とも同じコールサインだ。「そんなばなな!」と思って「QRZ?」を出すと、また同じコールの局が2局で呼んでいる。微妙にずれているとかではなく、信号の強さもキーイングの癖も全く違う同じコールサインが呼んでいるのである。
 双子かよ!! って、双子でもコールはちがうか・・・・・・。
 しばらく、今自分の身に起こっている事が理解できずに固まってしまった。
 あれはいったい何デスじゃ?

3.
相手に「コールが違う」と指摘されたものの、相手が打ち直してきたコールサインは僕が打ったコールと同じ。でもまた「ちがう!」としきりに訂正してくる。なんどもなんども訂正してくるけど、何度聞いても僕が打っているコールサインと同じである。いい加減訳がわからなくなって、「Is ur call J○1×△□ or not?」と打ってみると、「ok ok!」。あとで録音した音声データを聞いてみたが、やはり全く同じであった。
 いったい何だったんだ!

幻の知立市移動

 2009年の話である。JCCサービスのため、HF・CWの移動運用に出かけた。DXハンティングも良いけれど、パイルを浴びてそれをさばく楽しみを味わうには、これがもっともお手軽だ。
 移動手段はキャンピングカー。動く移動シャックなのである。キャンピングカーというと金持ちの持ち物のように思われがちだが、僕のキャンピングカー仲間は僕も含めて1人も金持ちはいない。世の中には背伸びをして少しだけ高額な乗用車を無理して買う人がいるが、国産のキャンピングカーというのはその程度の金額なのである。

 キャンピングカーの後部に伸縮ポールを取り付けて、それを伸ばしてエレメントを付ければすぐにオンエアできる状態にしてある。
 今回の計画は、千葉から名古屋まで向かい、滋賀県を回って福井に出て、金沢、富山を回り、戻ってくるというルートだ。その経路の中でいくつかの運用ポイントを設定した。
 その一つが知立市(ちりゅうし)だった。知立市とは自分自身が交信したことがないし、あまりなじみのない市だ。あるデータを見てもオンエアしている局が少ないので、ここで7MHzのCWで運用してみようと思い立ったのである。
 しかし、名古屋で夕方に所用があったため、運用可能時間は1時間半ほどしかない。その時間を無駄にしないよう、僕はキャンピングカーをほとんど車が入ってこない農道に止め、急いで設営を開始した。
 キャンピングカー後部のハシゴに登り、伸縮ポールの一番下の段を伸ばす。それが終わると、すでに用意してあるエレメント2本をもってキャンピングカーの屋上に上がり、それを取り付ける。それから同軸ケーブルを取り付けてさらに伸縮ポールを伸ばしていけば設置は終わる。そしてそろそろ設置が終わろうとしている頃、こちらに向かってくる男性が目に入った。
「こんにちは」
 こちらから声をかけた。
「やあ、こんにちは」
 男性も挨拶を返した。
「これは無線ですか?」
「はい、アマチュア無線です」
「どの辺と交信できるんですか?」
「たぶん、今なら国内なら大概のところは出来ます」
「ほう、面白そうですね。楽しんでますね。人生、そうやって楽しまないといけませんね。いや私もね、バイクで全国を回って楽しんでるんですよ。今67歳ですがね、楽しんでますよ。人生は仕事ばかりじゃつまらない。人生は楽しむためにある。だからね、私はなにか面白そうなことをしている人を見ると話をしたくなるんです。家から外を見ていると、あなたが何かやっているのが見えた。おお、やってるなと思って来てみたのですよ」
 67歳の彼は僕のアンテナ設置を家から見て、声をかけるためにやってきたのだ。
「実は僕もバイク乗りなんです」
 言わなくても良いのにそう僕が白状すると、男性は握手を求めてきた。そしてそこからは想像通りの展開となる。つまり、バイク談義、ツーリング談義が止まらない。どこへ行ったことがあるか、あそこはどうか、どこが良かったか、バイクは何か、いままでどんなバイクに乗ったのか、どんなツーリングをしているのか。趣味の話はいつだって、とどまるところを知らない。
「以前交通事故をやっちゃってねぇ。ここなんだけど」
 衣服をまくり上げ、事故で怪我したあとまで見せて彼は熱弁を振るう。僕も対抗してかつての交通事故の話を繰り広げる。
 趣味の話は尽きない。それはアマチュア無線に限らないのだ。

 アンテナの状態をアンテナアナライザーで計ってみると、マッチングはバッチリだった。各地からの入感状態もよく、抜群のコンディション。しかし、彼が満足いくまで十分話をして「じゃあ!」と手を振って帰って行ったのは、2時間ほどあとのこと。もう予定が押していて時間がないし、雨もぽつりぽつりと落ちてきた。
 僕は設置しただけのアンテナをまた撤収し、「まあ、いいかぁ」とぶつやいて移動運用場所をあとにした。
 試験電波のみ発射。交信局数ゼロ。でも、ちょっと楽しいひとときだった。

サイレントキー

 友人がサイレントキーになった。数多くいる友人の中で一番の親友。その親友が突然サイレントキーになってしまった。
 友達作りの得意な男で、通常の人の10倍以上の友達がいる奴だったが、光栄なことに彼は常々家族に、「クラちゃんが最も信頼すべき友人」と言ってくれていたそうだ。

 彼の体調が悪くなったとき、「俺が死んだらモルジブの海に散骨してくれ。渡航費用は用意しておくから」と言われた。僕はそれにたいして、「やだね。めんどくさいから自分で行け。うちの便所に流してやる。浄水場を通って川に出たらいずれ太平洋にでる。あとは勝手に泳いでいけよ」と悪たれをついた。彼はその話をうれしそうにあちこちでしては、「あの野郎、とんでもない野郎だ!」と酒のつまみにしていた。そんなジョークを言い合う仲だった。

 葬儀場にはまるで芸能人の葬式かと思うくらいの参列者があり、全員が入りきれないという事態にまでなった。その中で僕は友人代表として彼について語るよう、牧師からマイクを渡された。
「彼は、一言で言うならば・・・・・・」
 一言で言うならばスケベでいい加減な奴で、それでもみんなに人気のある、素敵な男だった。あんな男は他にいない。僕は内臓の半分を失ったようなショックを受けていた。そんな話を家族に気を使ったオブラードに包みながら話した。

 礼拝が終わり、皆、葬儀場を出て行く。そのとき、駐車場の車に友人とともに向かう僕を、杖をついた威厳のあるOMが呼び止めた。
「あなたの挨拶には感動した。彼はまさにそういう人物だった。彼の人となりをあなたは見事に語ってくれた。59でしたよ!」
 僕はそれに、
「本当のことを言ったまでです。でも、59はいささか甘いですね。せいぜい55です」
 OMは怪訝な顔をしながら僕の肩をポンと叩くと、その場を後にした。

 友人が僕に尋ねた。
「さっきのゴーゴーってなあに?」
 僕は答えた。
「無線用語だよ」
 すると友人が続ける。
「無線のお集まりじゃないんだから通じるわけないだろーよ」
 このとき僕はふとわれにかえった。死んだ親友も、参列者もハムじゃなかった。すると・・・・・・。さっきのは59(ごーきゅー)じゃなくて号泣(ごうきゅう)だったのだ。

 今頃我が親友も天国で、「ばーか!」と言って笑っているんだろうな、と思った。


P.S.モルジブに骨を撒きに行ったらついでにペディションしちゃおうかと考えている僕は悪い奴でしょうか。あっはっは!
 
 
 ハイパワーでやられた

 アンテナが壊れた。7、14,21,28のマルチバンドダイポールだ。突然、まともにマッチングが取れなくなってしまった。買って数ヶ月のアンテナだった。場合によっては保証でなおるのではないかと僕は期待した。
 僕はアンテナアナライザーで各バンドの状況を把握し、このデータをメーカーに提供して原因を特定してもらおうと思い、メーカーに連絡を取った。

「という、こういう状況なんです。パワーは100Wしか出していないです。これ、どういう故障が考えられるでしょうか?」
 雨が入ったからこうしろとか、この部品をこうチェックしてくれとか、そういう指示を僕は期待した。ところが担当者の答えはちがった。
「ハイパワーで送信すると回路がねぇ~壊れるんですよ。そのアンテナはCWなら500Wまでですからね」
 それに対して僕は答える。
「さっきも言いましたとおり、このアンテナは最大100Wで使っていますから、その前提で考えてください」
 すると担当者が続ける。
「どうしてもこういうマルチバンドだと、耐電力が低いんですよ。1kWも出せば壊れて当たり前なんです」
 僕が答える。
「あのー、だからですね、100Wです、100W。ベアフットで使っているんです。水が入ったとかそういうのはないでしょうか?」
 担当者が答える。
「水抜きの穴が上だったりしたことはないですか?」
「いいえ、それはちゃんと下に向けています」
「そうですか。じゃあ、パワーですねぇ。大電力だとどうしてもこのアンテナはだめなんですよ。1kWとかでやっちゃうと、どうしてもねぇ」
「あのー、だからですね、僕が出しているのは100Wなんですって。どの部品を送ればいいですか?」
「全体を送ってもらうしかないですね。それでチェックしますから壊れた部品を交換と言うことでしょう」
「それ、かなりお金かかりますか?」
 僕がそうたずねると、彼は「うーん」とうなってしばらく考え、そしてこういった。
「パワーでやられるとあちこちが駄目ですからね、結構かかるかもしれません」

 パワーでやられたのはあんたの頭じゃないのか!? という言葉を飲み込みながら、僕は「じゃ、いいです」と言って電話を切った。
 
和文通話表

 まさに本日(2010年3月23日)にあった実話です。
 
 私は職場から娘の誕生日のためにケーキ屋に電話を入れた。

「クリームたっぷりで果物がたくさん入っているケーキありましたよね。あれでバースデーケーキをお願いしたいのですが」
「はい。大きさは何号でしょうか?」
 いつもはケーキ屋の奥さんが出るのだが、今日は従業員のアンパンマンみたいな顔の無愛想な子が電話口に出た。
「ええと、6号でお願いします。7人だったら6号ですよね?」
「はい。いつも6号で承っております」
「では、それでお願いします。それで、メッセージなのですが、『さえちゃんおたんじょうびおめでとう』でお願いします」
「はい、さーちゃんお誕生日・・・・・・ですね?」
「さーちゃんじゃなくて、さえちゃんです」
「たえちゃんですか?」
「さ、え、です。さ、え、ちゃんです。桜のさ、英語のえ。さえちゃんです!」
「さえちゃんですね。はいわかりました」

 私の使命は、ケーキ屋にこれを連絡することだけ。ケーキを取りに行くのは家内の仕事だ。
 そして、私が職場から帰宅すると、家内はケーキを私に見せてこういった。
「なんか変なことになってるんだけど・・・・・・」
 ケーキにはこう書いてあった。

「桜英ちゃんおたんじょうびおめでとう」

 あらまぁ~♪
 和文通話表をやたらに使うと、一般的にはこういう事になってしまうらしい。
 
 HAMLOGの掟

 私が使用しているログソフトは、JG1MOU浜田氏が作成したHAMLOGで、まだWINDOWSがこの世になかった頃から使っている。
 このソフトにはユーザーリストというものがあり、HAMLOGのユーザーはこのリストに自分の情報を登録してもらうことができる。そして、このリストをダウンロードしてセットしておくと、リストに存在するコールサインをHAMLOGに打ち込んだとたんに、登録した情報が表示されるようになっている。
 だから、初めて交信した相手でも、コールサインを打ち込むことで名前やQTHを知ることができるのだ。

 しかし、このソフトにはその機能について守らなくてはならない掟がある。それは、初めて交信した相手に「○○さんですね」といきなり言ってはいけないというものだ。
 先日初めてQSOした隣町のOMさんは、「こんにちは倉も・・・・・・うじゃうじゅうじゃうぃ~」とわけのわからないことを口走った。どうやら「倉持さんですね」と言おうとして、初対面であることを思い出してとっさに発言を止めたらしいのだ。律儀に掟を守ろうとする、こういう天晴な人もいるのだ。そしてもっと強烈な人もいるのである。

 先週、430MHzのFMで埼玉の方と交信をした。そしていきなり怒られてしまった。
「こんにちは、横山さん。横山さんの信号は59でこちらに届いています。どうぞ」
 普通に交信を始めたつもりなのだが、横山さんはえらい剣幕で怒り始めた。
「あなたね、それはルール違反ですよ、どうぞ!」
 いきなりのことにびっくりした。
「え? あのーなにがでしょうか?」
「あなた、HAMLOGユーザーでしょ?」
「はい、そうですが」
「あなた今、私の名前を言いましたよね?」
「はい、言いました。それがなにか?」
「それはまずいな、まずい。それはまずい。それはね、駄目なんですよ。HAMLOGユーザーリストはね、それをやっちゃいけないことになってるでしょ!」
「あのー・・・・・・ちょっといいですか?」
「あのーじゃないんだな。それはまずいな。ちゃんとルールを知っていないとね、使っちゃ駄目なんですよ、こういうものは!」
「あのー・・・・・・ちょっといいですか?」
「あのーじゃないんだな。あのね倉持さん、ハムログユーザーリストで私の名前がヒットしたんですよね!?」
「あのー・・・・・・ちょっといいですか?」
「あのー、じゃなくてね、そうなんでしょ? ハムログユーザーリストで名前が出てもそれをいきなり言ってはいけないんですよ。ご存じないんですか、倉持さん!?」
「あのー・・・・・・ちょっといいですか?」
「あのー、じゃないんだな。使う限りはね、ルールを覚えて守らなくちゃいけないんですよ。いきなり名前を言われたほうはびっくりするでしょ。駄目なんですよそれは」
「あのー・・・・・・ちょっといいですか?」
「あのー、じゃないんだな。決まりなんだから、作者がそう決めているんだから、守りましょうよ」
「あのー・・・・・・ちょっといいですか?」
「ん? なんですか? なんだというんですか?」
「あのー、先週もモービルの横山さんと交信して、お名前を覚えているのですけど?」
「え? あ・・・・・・」
 あ、じゃないんだな!
 
 電波の向こう側

 九州で移動運用を行った。国内のJCCハンターを狙っての運用だ。
 海外旅行用のキャスターつきバッグとグラスファイバーの竿を持ってレンタカーに乗り込んだ。QSOBANKの統計を見て、あまり運用されていなさそうな土地を回る。その1つが鹿児島県枕崎市だった。
 なかなか運用できる場所が見つからず、道路の脇にちょっとしたスペースのある場所を見つけて、グラスファイバーに導線を這わせたアンテナを建てた。その導線にアンテナチューナーをつなぎ、アンテナチューナーにはさらにカウンターポイズを取り付けてチューニングを取る。

 つくづく思うことがある。それは、慣れていない機械は使うなということだ。このときのリグはYAESUのFT-857Mで友人からの借り物だった。しばらくつかわないというので数ヶ月前から拝借して、工事設計書にまで追加してほとんど自分のものにしていたのだが、実際にはシャックにおいてあるだけの状態で、機能も良くわかっていなかった。

「CWフィルタは入っているよね?」
 貸主はCWをやる人だから当然だろうと思ってした質問に、「入っているよ」という当然の回答。それを真に受けて持ってきていたのだが・・・・・・
 何をどう設定してもそんなものは入っていないではないか! どう説明書をにらめっこしても、CWフィルタが働く気配がない。

「これ、ほんとにフィルター入ってるの?」
 移動運用を始めてから次の移動地に移るまでの時間に彼に電話してそう確認してみると、「そういえば、入っていなかったかもしれない」とぬかしやがった。今頃それがわかってもどうにもならない。
 休日の7MHzは盛況だ。異常に強い信号も近くの周波数で入ってくるのだが、CWフィルタがない。するとどうなるかはご想像の通り。何が何だかわからないくらい信号がぐちゃぐちゃになっているし、別の人のQSOもモロに飛び込んでくる。当然上手にパイルを捌くなどという状況ではない。

 それに車の中がどんどん暑くなってきた。秋だけど夏のような気温の中、車のエンジンを切ってやっているのだから当然だ。あまりに暑くて窓を開けると横を通る車の音がうるさくてCWが聞き取れない。仕方がないからまた窓を閉めると汗がダラダラ垂れてくる。そしてその状態でCWを叩いたら、なんとヘッドホンの金属部分でこめかみがピリピリするのだ。どうなっているのかわからないけれど、汗をかいたせいで感電しているらしい。

 慌ててオンエアをやめようかと思ったが、CQに対して複数の局が呼んでいるのでやめるわけにもいかずに応答した。しかし、CWを叩く度にこめかみがピリピリとしびれて痛い。顔をゆがめながらCWを叩くこの時間は単なる1人SMだった。当然集中できるはずもなく、相手のコールもうまくとれない。

 わたしもそうだが自宅からオンエアしているときにはこんなコンディションでやっているはずはないので、移動運用している相手もごく普通の状態だと思いこんでいる。フィルタもなく感電しながらCWを叩いているなど想像できるわけがない。さぞかし「こいつ、ヘボオペだな」と思ったに違いない。

 わたしは自分が移動運用をやるようになってから始めて「いったい電波の向こう側ではどんな状態で運用しているのだろう」と、移動局やペディション局の状況を想像するようになった。
 
 英語自慢

 ローカル数人が我が家に来てミニ宴会をやったときの話。

 ヘッドホンでDX通信を聞いていた友人が「このJAけっこう英語うまいよ」と言ったら、英語自慢のA君が「聞かせて」というのでヘッドホンを抜いた。
 スピーカーから流れる英語を聞いたA君は得意げな顔で言った。
「なんだこれ。英語っぽく発音してるだけの格好付け野郎だよ。ネイティブが聞いたらお笑いの発音だぜ、ダセーなー、はっはっは!」
 
 でも、そのとき送信していたのは相手のアメリカ人だった。
 
 クスリやってます

2013年2月某日の実話である。たぶん、この話の相手の方はこれを読んでも「俺のことだ」とはわからないと思うので近日のことではあるがご紹介しよう。

430MHzのFMでCQを出している人を呼んだ。とても上品にきちんとしたCQを出している人なので、私は楽しい会話ができるだろうと予感し、彼をコールした。

「JA1QSOこちらはJO1QNOです、どうぞ」
 応答がすぐにあった。しかし・・・・・・。
「JM1QNO、こちらはJA1QSO。こんにちは。こちらのQTHは~」
 私のコールサインをミスコピーしている。私は一通りの自己紹介をし、そして最後にコールサインを訂正した。
「わたしのコールサインですが、プリフィックスがJM1ではなくJO1ですのでご訂正願います。どうぞ」
 サフィックスは合っているのでプリフィックスだけ訂正したのだ。
「あ、どうもすみません。JO1でしたね」
 わかってくれた。そしてアンテナの説明やらリグの説明があって、マイクが返ってきた。
「JO1QON、こちらはJA1QSOです、どうぞ」
 なんでさっきまで合っていたサフィックスが変わるかな。いや、ただの言い間違いだろう。私は気を取り直した。
「言い間違いだとは思いますが、私のサフィックスはQONではなくてQNOです。どうぞ」
「あ、どうも失礼しました。QNOでしたね。JQ1QNO、こちらはJA1QSOです、どうぞ」
 どうして再度プリフィックスが変わる? どうなっているんだ!
「あのー、こちらのコールなんですが、JO1QNOです。ジュリエット・オスカー・ワン・ケベック・ノベンバー・オスカーですどうぞ」
「失礼しました。JO1KNOですね、どうぞ」
「いえ、あの、QNOです。ケベックはKじゃなくてQですから。カナダのケベック州のケベックですので。どうぞ」
「ああ、そうでしたか。カナダのケベックですね。了解しました。JO1CNOですね、どうぞ」
 カナダをそこに持ってきたか。
「カナダは忘れてください。JO1QNOです。ジェイ、オウ、ワン、キュー、エヌ、オーです、どうぞ」
「どうもすみません。JO1QNOですね、どうぞ」
 おお、やっとコピーしてくれた。
「カードはJARL経由でよろしいでしょうか、どうぞ」
「はい、もちろんです。かならずお送りします。どうぞ」
「何度も何度もコールを間違えて済みませんでした。私、クスリをやってるものですから」
 げ。な、なんのクスリだ。とても興味がある。でも、それは聞けない。私は勝手に、ストローで白い粉を鼻の穴から吸い込む相手を想像していた。
 紳士的だし言葉も丁寧。ろれつが回っていないということもない。非常に不思議な状況だった。
 唯一、はっきり言える事がある。それは、「彼のQSLは絶対に私には届かない」ということだ。

「本日はファーストQSOありがとうございました。JK1CON、こちらはJA1QSO。おやすみなさい!」
 届くわけがない。
 
同じサフィックスの局

  ハムになって、ずっと楽しみにしていたことがいくつかあるが、その一つが「自分と同じサフィックスの人と交信する」ということだ。
 そんなことは簡単だと思っていたが、そうでもなかった。なぜならそれが実現するまでに29年も掛かってしまったからだ。
 初めて交信できたQNO局は、JA1QNO山下さん。いまのところ交信できたのはCWだけだが、交信後にメールのやり取りをしている。



 不思議なことにそれまでまったくJA1QNOの信号を聞いたことが無かったのに、最初の交信を皮切りにしょっちゅう聞くようになった。

 そして先日のコンテストでのこと。
 わたしはコンテスト終了目前に7MHzのCWでCQコンテストを出している局を呼んだ。しかし、相手の応答はこうだった。
「JA1QNO、あなたとはすでに交信しています。ありがとうございました、さようなら」
 プリフィックスがちがうことを伝えたかったが、その瞬間にコンテストは終了してしまった。
 ま、いっか。
 
 毎日はEveryday!

 久しぶりに休暇を取った。
 やることがあって取ったわけじゃない休暇なので、なにをするかというと、当然無線だ。
 HFで北アメリカ向けにアンテナを向けてみたが、Eスポが出ているらしく国内が強烈に入っていたので、CQを出していたOMさんをコールしてみた。

「こんにちは、はじめまして。59で強烈に入感しております、どうぞ」
「同じく59で来ております。久しぶりの休暇で、のんびり楽しいんでいます」
 と、休暇のことを伝えると、OMさんも近況を伝えてきた。
「そうですか、休暇ですかぁ、いいですね。でも、私はもうリタイヤしてますから、毎日がエブリデーですよ、はっはっは!」

 私は吹き出しそうになるのを押さえつつ、「私はリタイヤしていませんけど、それでも毎日はエブリデーです」なんてことは言わずに、楽しく交信を終えた。
 
  メモ魔とのQSO

 430MHzのFMをワッチしていると、ちょっと前に1stQSOでロングラグチューしたF氏がCQを出していた。
 何を話したのかは覚えていないが、落ち着いた事務員のような口調だったということだけは覚えていた。
 名前も覚えていないし、QTHも確かではない。しかし、記憶があいまいあだからこそ、また交信が楽しめるのである。
 しばらくワッチしたが誰も応答しないので、コールしてみた。

「JO1QNO局、どうもコールありがとうございます。貴局とは先月交信しておりますね。我孫子市のクラモチさんですね。バンドはこの430でモードもFMですから全く同じですね~。
今日は寒いですねぇ。しかし、お天気は晴れですが貴局のところもたいして距離もないので天気の話はあまり意味がなかったですねぇ~。
こちらの名前は杉森です。QTHは千葉県白井市です。貴局のシグナルは59でいただいております。
わたしのメモによりますと~前回も59-59ですね~。
それで~貴局のリグはFT-736、タワーの高さは20mで、アンテナはGPで高さが23mでしたねぇ~。
FT-736は20年前にハムフェアで購入したけれど初期不良ですぐに八重洲から直接送ってもらったというお話も伺っておりますね~。
リグの購入時にはわたしが使っているTS-790と迷った結果FT-736にしたが~買ってからはじめてデュアルワッチができないと気づいて後悔されたとのことでしたねぇ~。
それから~開局されたのが昭和57年でわたしの1年後輩となりますねぇ~。
そして~メインバンドを伺ったところ、18MHzでHFのリグはIC-756PRO3ということですね~。
そして~50MHzもお好きで8エレの八木を上げているということですねぇ~。
50MHzも海外とやりたいけれどコンディションが良くなくて国内交信を楽しんでいるということですね~。
それから~移動運用は7MHzのCWがメインで国内4大コンテストはなるべく参加していて日光や取手市での参加が多いということでしたねぇ~。
それから~QSLはJARL経由、LoTW、eQSLで紙のカードはアメリカンサイズと日本サイズの両方があるということで、当局にはアメリカンサイズをお送りいただくということでしたねぇ~。
それから~、アンテナにとまるハトに困っておられて対策を考えているけれども、フクロウの形の置物である『飾りフクロウ』はどうやらちょっとしか効果がないらしいということと、よく見るとあれはフクロウではなくミミズクだと気づいて、オークションで販売している方に『これはミミズクじゃないですか?』と質問したところ『うるせー』と回答が来たという面白いエピソードもお聞きしましたねぇ~。
というわけで~本日は2回目のQSOありがとうございます。本日もいろいろとお話ししたいと思いますのでよろしくお願いします。倉持さんどうぞ~」
「りょ、了解です。今日も59で来てます・・・・・・えーと、えーと、えーと・・・・・・」

いったい他に何を話せというのだ!
 
オールソーな人

とあるバンドで国内コンディションが開け、次々に呼ばれてちょっとしたパイルアップになっている人がいた。そんな彼の交信を聞いていると、気になるワードに出くわした。

「たくさんのコールありがとうございます。JA4QRM局どうぞ」
「JS8QSPこちらはJA4QRM。ピックアップありがとうございます。59で岡山市に入感しています、どうぞ」
「JA4QRMこちらはJS8QSP。59ありがとうございます。こちらにはオールソー57です。カードはJARLで。どうぞ」
ん? 聞き違いだろうか。
「57、でしょうか。こちらには59です。カードはJARLでお送りします、どうぞ」
「はい、57です。ありがとうございました。QRZ?」
数名がコール
「JG3QTH局どうぞ」
「了解。JS8QSP、こちらはJG3QTHです。QSBがありピークで57ですどうぞ」
「JG3QTHこちらはJS8QSPです。ピークで57ありがとうございます。こちらにはオールソー59。ピークで59ですどうぞ」
まただ。
「えっと、こちらには57です。5&7です。ありがとうございました、どうぞ」
この人もあれ?と思ったらしい。
「ありがとうございました。QRZ?」
ここでちょっと呼んでみる。
「ジュリエット・オスカーワン・ケベック・ノベンバー・オスカー」
「JO1QNO局どうぞ」
「JS8QSP、こちらはJO1QNOです。はじめまして。59で千葉県我孫子市ですどうぞ」
「了解。こちらには申し訳ありませんが、オールソー56です、どうぞ」
きたーーーっ!
聞きたい。聞いてみたい。いったいどの辺がオールソーなのか。どことどこがどんな風にオールソーなのか。オールソーは何色でどんな味がするのか、ぜひ聞いてみたい。
「了解しました。JS8QSP、こちらはJO1QNO。またお会いしましょう。さようなら」
でも、やっぱり聞けなかった。

その後もオールソーな彼は延々とオールソー節炸裂で楽しくパイルを裁いたのだが、その件について積極的に触れる人はいはなかった。
 
 ファイナルの理由

50MHzのSSBで、我が家から30キロほど離れた局と交信した。大きな八木アンテナをこちらに向けているらしく、50Wの出力とのことだがローカル並みの強さだ。こちらも八木を向けていたので当然かも知れないが。
僕はラグチュー好きなので、ついつい話が長くなる。相手も特に嫌そうで無かったから気にせずいろいろな話題で盛り上がっていたのだが、そのうち相手の方からファイナルの申し出があった。

「せっかく盛り上がっているところではありますが、恥ずかしながら先ほどからトイレに行きたくて・・・・・・。ちょっともう限界なのですが、なにせ大きい方なものですから、ちょっとだけ待ってくださいというわけにもいきませんので、この辺でファイナルとさせてください。本日はありがとうございました。JO1QNOこちらはJA1QRNどうぞ」
「承知しました。それではまたお会いしましょう。JA1QRNこちらはJO1QNO。交信ありがとうございました、さようなら」
相手は「うんこが漏れそうです」と言っているのだから、のんびりファイナルの儀式をやるのも悪いだろうと、僕は極めて簡潔に済ませた。ところが配慮がないというか、他人の状況がわからないというか、今にもうんこを漏らしそうなQRN局をコールするたわけ者が登場したのだ。

「JA1QRN、こちらはJR1QSO。もしよろしかったら交信お願いします。どうぞ」
お前はアホか! うんこを漏らしそうなんだぞ。よろしいわけないだろ!
「了解。JR1QSOこちらはJA1QRN。59で来ています。こちらのQTHは・・・・・・」
えー応答しちゃうの? うんこ漏れちゃうじゃん!
「JA1QRN、こちらはJR1QSO。了解です。貴局の信号は57でさいたま市に入感しています。初めてだと思いますのでよろしくお願いします。今日も暑いですね~・・・・・・」
暑かろうが寒かろうがどうでもいい。彼はうんこを漏らしそうなのだ。わかっているのか!?
「了解です。そうですねー今日は本当に蒸し暑いです。ほんと、外に出るのも嫌になりますね。私はちょっと遅めの夏休みなのですが・・・・・・」
なに呑気なこと言ってるんだよ。早くトイレに行け! いい年こいてうんこなんて漏らしたら、一生の恥だぞ!
「了解しました。そうですね、こちら埼玉も涼しい日が続いていましたが、今日は暑いです。異常気象でしょうか・・・・・・」
「JR1QSOこちらはJA1QRN。そうですね、このところ異常気象が毎年・・・・・・」
おーい! うんこはどうなったんだーい!? もうそこで出ちゃったのかーい!?
「JA1QRN、こちらはJR1QSO。ところで私のリグはTS-990Sです。アンテナは・・・・・・」
「了解。JR1QSOこちらはJA1QRN。そうですか。うちもTS-990Sなんですよ。このリグは・・・・・・」
リグなんてどうだって良いよ。おい!こら!うんこはどうした。やい、うんこはどうなったんだ。まさかくそまみれの手でマイクを握っているわけでもあるまい。早くトイレに行け!

うんこ宣言から30分くらい経った頃、ミスターうんこはようやくファイナルを送り始めた。

「せっかく盛り上がっているところではありますが、家内から食事の声がかかりましたのでこの辺でファイナルといたします」
あれ。理由はうんこじゃ無いのか。食事の前にうんこだろ!
ミスターうんこのファイナルに誘われて、JR1氏もそれに応じ、ファイナルを送った。
「そうですか。お食事と言うことで了解です。それではまたお会いしましょう。さようなら」
そしてまさに二人の交信が完全に終わったと思われるその瞬間、僕がずっと言いたかったことを誰かが叫んだ。

「それでー、うんこはどうなったんだ?」
そこにミスターうんこの応答はなかった。ほんと、どうなったんだろうねぇ~。
  
まだ作っていません

たどたどしくCQを出している局を発見した。丁度JJ1のプリフィックスを発給している頃なので、最近免許された局かも知れない。
「JJ1QRZこちらはJO1QNOですどうぞ」
コールをするとすぐに応答があった。
しかし、こちらの言うことをオウム返しするだけだし、レポートも名前もいわない。
「まずはRSレポート、いただけますか?」
「カードはまだ作っていません。どうぞ」
そうかそうか。でも、カードの話はしてない。
「カードではないです。レポートです。レポートをお願いします。どうぞ」
「レポートもまだ作っていません。さようなら」
「え。そうでなく・・・」

めんどくさいからもういいや。しかし、何のレポートだと思ったんだろうね。
 
 意地悪オバハン

もう随分前のことだ。僕が30代の頃だから20年以上前だ。
近所の同級生のお母さんTさんが私の母を訪ねてきた。そのころまだTさんは60代だったと思う
Tさんと母は今で言うママ友で、Tさんはママともたちの中のボス的存在だった。
Tさんに挨拶をすると、「アマチュア無線やってるのよね?」と切り出してきた。
庭に20メートルのタワーが建っているけれど、なかなか60代の女性がそれをアマチュア無線だと知ることはない。
「実はねうちの子の始めたのよ、アマチュア無線」
なるほど、そういうことなのか、と思った。

暫く僕を値踏みするように見ると、こう切り出した。
「うちの子、この間3級を取ったのよ。倉持君は、何級なの?」
僕は開局翌年に2級、それから数年後に1級を取っていたので、昭和のうちに従事者免許取得だけは片付けていたから、
「1級ですよ」
と答えた。
するとTさんは急に目を見開いて嬉しそうな顔をすると、こう言った。
「あーあーそうよね、そうだったわ。あーそうだった。息子がアマチュア無線の名簿を買ってきたんだけどね」
「コールブックですか?」
「そうそう、それね、それを見たの。見たのよ。確かにそうそう、1級だったわ1級!!!」
そんなわけはない。
この当時、コールブックには10Wを超える局のマークも資格のマークも付いていない。それがついていないと4アマ10W局ということになる。
自分から免許状、従事者免許のコピーをJARLに送って掲載を依頼しないといけなかったのだけど、僕はそれをしていなかった。
だから、1アマの表記がしてあるわけがなかった。
Tさんは続けた。
「これだけ凄い鉄塔が建ってるのだから、きっとそうだと思ってたわ。そうそう1級よね!」
このTさんという人はあまり性格のよろしい人ではなく、つまりこれで「あたしゃしってるのよ、あんたが4級だとね。コールブック見てるのだもの。ほら吹いたのバレバレよ」
と僕に伝えたのだ。
「へんだな、1級の掲載依頼してないのに」とだけ言っておいたけど、その後Tさんはそれを理解したかどうか全く不明。

しかし、イヤなオバハンだったなーと急に思い出した。
 

݌v6853{16